日韓司教交流番外編

秘苑ピウォン - 朝鮮王朝の庭園。景福宮キョンボックンは朝鮮王朝の王宮。1405年、その離宮としてつくられた庭園が昌徳宮チャンドックン。しかし、文禄慶長の役(1592-1598年豊臣秀吉の朝鮮出兵)の際消失。1615年再建。

ちなみに、王宮に向かう広い通りは正宗セジョンロ。王宮入り口の門は光化門と呼ばれ、これが正門。さる8月16日に124名の殉教者の列福式が行われたのはこの門の前の広場。

この通りの真ん中には豊臣秀吉の水軍を撃沈させた英雄李舜臣イスンシンの両手を広げた巨大な銅像が、宮城を背にしてまるでトウセンボウをするかのよ うに建っている。ついでに言うと、この宮城キョンボックンには綺麗な池がある。確か噴水もあった。池の周りでは絵を描いている人も数人いたのを覚えてい る。ほとんどの日本人観光客は池に見とれて「ワー綺麗だ!」と言いながら池を右手に見ながら帰っていく。ガイドさんも意図的にそうなるように導く。

しかし、池を半周した所で立ち止まって左手を見ると思わずギョッとする。宮城を急襲して放火し、逃げ惑う侍女たちに日の丸のはち巻きに袴姿の日本愛 国の志士たちが日本刀を振りかざして殺害している凄惨な壁画が描かれているからだ。普通は日本人観光客には見せないのだということだった。1985年のこ となので今はどうなっているか今回確かめたかったが叶わなかった。当時は、光化門を塞ぐ形で朝鮮総督府がた建てられていたが現在は取り壊され、かつての姿 に戻されている。

ところで、チャンドックンに話を戻そう。再建後、約270年の間、朝鮮王朝の正式の宮殿として使用されたという。自然の地形にそって造られているの が特徴。紅葉が見頃で多くの観光客で賑わっていた。どうして秘苑なのか聞きそびれたが、正式には後苑というらしい。キョンボックンの後ろの庭園という意味 なのか。これも定かでない。ともあれ、会議で疲れた身にはちょうどいい気分転換の庭園ツアーだった。

恩人フィリポさん宅で一泊して、今朝、感謝のミサを捧げ、夕方5時過ぎ帰館。

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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