人里離れた森の中祈りと労働にいそしむ若いシスターたちの静かに流れる日常が終生誓願の今日ハジケタ

血を礼拝?!

聖血礼拝修道会。おんちれいはいしゅうどうかい。きちんと読めて違和感がなければあなたは確かにカトリック信者。しかし、信者でない方のためにあえて刺激的な正式名称を記した。血を礼拝?!そうなのだ。イエス様がユダヤ人たちによって逮捕され、十字架刑に処された時流した血のことを指す。人類救済のために流されたので尊い血という思いを込めて聖血。イエス様を神の子、救い主と仰ぐキリスト信者、とくにカトリック信者にとってイエス様は礼拝の対象なので流された血そのものも礼拝の対象となる。釘付けにされた御体そのものも痛ましいのだが血を流すというのは自己犠牲の最も痛ましい姿であるわけで、血と聞いただけで生々しく「痛い!」と叫びたくなる。要するに、十字架上でご自分の血の最後の一滴までも捧げ尽くされたイエス様に倣って、自分の全てを神様に捧げて世間での生活を離れ、修道院の中だけで一生を全うする修道女たちが鹿児島にもいる。興味のある方は訪ねてみたらいい。https://www.facebook.com/pb.st.joseph/

ベトナムからも

それはともかく、実は今日その修道院で終生誓願式なるものが行われたわけで、式そのものの様子は、司式をしたので残念ながらお見せできないが、解説と説教音声だけで我慢してほしい。終生誓願宣立者は一人だけだったが、10:30のミサで始まった誓願式には、溝辺教会担当司祭をはじめ、鹿児島はもちろん日本各地では働くベトナム人司祭など10人ほどが駆け付け、あの小さなチャペルの内陣が一杯になった。82歳でベトナムミッションに出かけたシスターと孫のようなアシスタントのシスター2人の元気な姿に再会。同行のベトナムの4人の恩人たちも。いつになく活気づいた誓願式となった。

ハイ望みます

志願者ダンサー「あなたは、主と教会に何を求めていますか?」「司教様、私は聖血礼拝修道会のこの家で、全生涯、キリストに従っていくことを求めております。」「…神と隣人への完全な愛にあなたのすべての力を注ぐことを望みますか?」「はい、望みます。」「沈黙と孤独、絶え間ない祈りと償い、謙虚な仕事、奉仕の中で神を唯一の関心事とすることを望みますか?」追い詰めるような容赦のない質問が続く。さすがに、「大変そう」と思ったが、「ハイ、望みます」という動じない返事にかえって勇気をもらった。「…神ご自身が導いてくださいますように」という嘆願文で一連のやり取りが終わってホッとした。続いての長い「諸聖人の連願」が歌われる中、床に伏したシスターは微動だにしなかった。司祭叙階式では伏すための絨毯が運ばれるが、彼女には何もなく直に床に伏す姿はなぜか感動的だった。自筆での誓約書を読み上げる姿を遠くの家族たちが見たらきっと涙なしには聞けなかったに違いない。キリストの花嫁としての誓願の指輪がはめられ、冠を頂いて式は終わった。式後のパーティーと厳粛な誓願式との落差にはもう驚かなくなった。お楽しみのほどを。

説教音声

志願式後のパーティー

 

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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