聖徳太子とイエス様の共通点?があったとは初耳だが古代の人々の懐の深さみたいなものに驚いた

パクリ受胎告知譚

聖母子と聖徳太子

聖母子と聖徳太子

和を以て貴しとなす。聖徳太子によるとされる十七条憲法の第一条の書き出し。ところで、聖徳太子の本名は何かご存知だろうか。厩戸皇子(うまやどのみこ、うまやどのおうじ)-ウキペディアより-が本名だという。こんな書き出しで始めるのは、今朝の南日本新聞の「『ルカ伝』は海を渡ったか」という記事のせい。「聖徳太子の“受胎告知”」という網掛け見出しに思わず引き込まれたワケ。記事によると、金色の衣をまとった僧侶が聖徳太子の母親の夢に現れ、「私はこの世を救いたいのでお前の腹を借りて生まれることにする」とのお告げを受けたという。やがて彼女は、馬小屋の入り口で産気づいて男の子を生んだ。だから、厩戸皇子という名がついた。

荒唐無稽ではないカモ

記事の著者はこの話はマリア様のお告げの場面にそっくりだという。確かに。聖徳太子が生まれたのは574年2月7日でなくなったのは622年4月8日だという。この話が生まれたのは、聖徳太子誕生から200年ほども後のことだというから、770年ごろということになる。つまり、その時代というのは、630年から838年まで三回にわたって派遣された遣唐使最盛期。すると、派遣された僧侶たちが、その頃唐に伝えられたネストリウス派と出会い、伝え聞いた受胎告知の話に興味を抱き、珍しい話として持ち帰ったと考えることも十分できる。そして、聖徳太子を特別の存在であることを強調するために冒頭のオハナシが生まれた。著者はこんな軽い感想は述べていないが、あのオハナシに「ルカ伝の痕跡があることじたいは信じたいと思っている」と結んであった。

お寺聖書めぐり

上は枝の主日?下は三位一体神社?

上は枝の主日?下は三位一体神社?

調べてみると古代に日本に異端とはいえ、ネストリウス派の伝播の跡が残っていることに驚いた。例えば、空海は中国でネストリウス派についても学んだとか、浄土真宗本願寺派の本山である西本願寺には、マタイによる福音書の「山上の垂訓」の漢訳が所蔵されているという。山梨県甲州市の栖雲寺(せいうんじ)には十字架が描かれている所蔵物もあるという。以上いずれもウキペディアの記事からまとめた。「お寺の聖書めぐり」というツアーを組んだら面白いかもしれない。そんなことより、明日はシドッチ祭で屋久島行。ミサの準備をしなくちゃ。

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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