2006/07/09
故郷を追われた人々
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2006-07-09 15:37
last modified
2006-07-09 15:37
故郷の人々の不信仰に泣くイエス。失意のうちに村をあとにしたイエス。深い失望感。悔しさ。二度と帰ることのなかった?故郷。傷心のうちになされた新たな旅立ちにイエスは何を思ったのだろうか。
当時人前に出ることを厳しく禁じられ、まるで悪霊のごとく忌み嫌われ、強制的に隔離され、そして故郷を追われたたハンセン病の人々。遠くから「ダビデの子イエス、私たちを憐れんでください」と叫ぶことしか許されなかった人々。
村を去るイエスの心に去来したのはこうした人々ではなかったのか。
そして、今日、なお同じ境遇にある人々が数多くいるという。故郷を追われた体験のないボクには、この人々の痛みや悔しさを共有できない。しかし、今日のイエスこそ、ボクに代わって、彼らの一番そばにいて、彼らの筆舌に尽くせない心情を共有できる唯一のお方。そう思うことで幾分慰められる。
故郷での活動の失敗を、何故マルコが記したのかボクにはよく分らないが、故郷喪失という恐ろしい体験をした人々のことが、少なくともイエスの念頭からは忘れ去られてはいなかったと信じたい。
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