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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。
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十字架を背負って・・・

by admin posted at 2006-08-27 21:48 last modified 2006-08-29 20:56

素敵な川水邸

熱心な分ち合い風景

楽しい会食第二のお楽しみ

竜ヶ水・11年前の大災害あと

昨日今日、26-27日、九州各地から、と言っても、北九州・福岡・宮崎・鹿児島ということになるが、MEの主力メンバー夫婦6組が霧島・川水山荘に集結。

久しぶりに親交を深めながらの分ち合いのテーマは:「私について来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って私に従いなさい。」(マタイ16,24)このみ言葉を読むとどんな思い、どんな感じ?

「自分を捨て」は英語の聖書では「forget yourself」(自分を忘れなさい)だという。それが難しい!おおかたの反応。自分の場合、顔は笑っても心はムカッ!もあるし確かに難しい。そんな御しがたい己の現実こそ十字架ではないのか。そんな自分に愛想を尽かすことなく、ついて行く?そんな自分の現実を受け入れながら、よたよたとついて行く?

十字架上での激痛がまさに十字架そのものだったとしても、神の子なら「今すぐ十字架から降りるがいい」と民衆と指導者達から上がるののしりの言葉をじっと耐えて無力なままでいる選択をしたのも十字架だったのではなかったのか。

顔と心がバラバラという程度のことを十字架と呼んでは、十字架のイエスに叱られるかも知れないが、そんな自分を先ずは素直に受け取って、いじけたり、過大に自己卑下することなくついていくうちに、いろんなことにこだわっている自分のガを忘れるときが来るかも知れない。それまでは、自分のささやかな十字架と直面して行きたい。

MEのいいところは、「分かち合いに正解はない」と言ってもらえるところ。

帰りの電車は普通。で、11年前の豪雨で甚大な被害を受けた竜ヶ水地区で数分停車。鉄壁の防災工事を施された現場から、「ノーモア水害!」の声が聞こえたようだった。

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