2007/02/04
昨日の焼き直し?
by
admin
—
posted at
2007-02-04 16:25
last modified
2007-02-04 16:25
*写真と本文は関係ありません。
十数年前、二年間働いた教会裏の大きな整形外科病院。新しい信条の元、心新たに再出発するという。その出発式典で「ご教示願いたい」旨の講演依頼。持ち時間は十分!
控え室に院長先生が挨拶に来られた。「医療の仕事は宗教の領域とも関係があると思いますので・・・。」42才の若い先生の言葉が嬉しかった。「お役に立てば嬉しいです。」心底思った。それにしても、この先生、「あの先生」とはひと味違う。
22年前になるだろうか、ザビエル教会の助任司祭だった頃。ひょんなことから、入管の追求を受けた一人のフィリピン人の身元引受人に。重病となり入院。病室を訪ねたら、数名の看護士さん同伴の主治医が入ってきた。ボクの顔を見るなり、無言のまま、手首を振って退室を促した。ムッとしたが、回診が済むのを外で待つことに。
まるで、シッ!シッ!と猫でも追い出すかのようなその仕草を何年経っても忘れることが出来ない。ボクが何者かを知らなかったということを考慮したとしても、「医療が宗教の領域と関係がある」などとは、見舞客をあんな風に遇するレベルの人間性には、及びもつかないシソウだったに違いない。
5:00ー7:00。「司教と本音で語る会」。どんな本音が聞けるものか。ボクも本音で言うゾオー。
- Category(s)
-
できごと
- The URL to Trackback this entry is:
- http://sdemo.net/pken/Blog/070204/tbping
宗教の種類に関わらず、患者さんの多くは人間を超える存在を感じているように思います。
カーテンの裏で手かざしを受けている人もいたし、見たこともないようなお札(神社の)をさげている人もいました。
もちろん、牧師さんやシスター、神父さまもいらしていましたよ。
緊急時や医療の妨げになるもの以外は、私たちはそういう「宗教的」なものを大事にしていました。
もちろん、患者さんのところにお客さんがいらしているときも、そちらを優先していました。
人間ができること(医療行為でさえも)限られていますし、限られた命のなかで会いたい人にあっておくことって大切ですもんね。
整形外科だと、比較的元気な患者さんも多いからあんまりそういうことを考えるチャンスがないのかも。
コメント有り難うございました。二十数年前の話しは、昨日の話しの病院とは全く別で、公立の病院でした。内科でした。ともあれ、あなたのような方ばかりだと訪問者も気が楽ですね。あの当時思ったのは、「病院の先生たちは、
病気治療を任されていることでその人の人生までも任されていると思っているんじゃないか。患者さんは患者さんで、すっかりお任せしているので、自分の信仰のことまで自由にさせて欲しいとは言いにくい、関係が生まれているのではないか。」もしそうなら、マザーテレサのように、病院側が、そんな気を使わせないためにも、先ずその人の宗教についても尋ねて、それなりの配慮をすべきではないかと思いました。
あ、済みません、グチみたいになって。