2008/07/26
司祭の喪主は?
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2008-07-26 18:40
last modified
2008-07-26 18:40
25日お御堂一杯の会衆と共に木村神父さんを送った。ミサの福音はヨハネ15章1-5節。会衆に配られたカードには5節が印刷された。叙階式のカードに記されたみ言葉だ。
「私に留まりなさい。私を離れてはあなたたちは何もすることができない」
穏やかで、まさに全てを天の御父にお返しした安らぎの寝顔だった。なぜかホッとした。同期の司祭が7名もいたとは!そのうち5名が駆けつけて、一人が弔辞を述べた。社会経験もあり年も上であったことから兄貴分と慕われていたことも分かってさもありなんと納得した。三時半先輩司祭が眠る傍らに納骨。
ところで、神の教会に捧げられた司祭の場合、喪主となるのは教会の代表者。では、教会に一人を捧げた家族は?やはり喪主だと思う。つまり司祭には喪主が二人いることになる。しかし、家族と同じように喪に服して一晩中側にいて祈り明かすわけではないので、喪主は喪主でもあまり大きな顔はできない。教会代表として先ず家族にお礼を述べ各方面へのお礼の言葉を述べる当然の勤めは果たしたのだが・・・。
ともかく、木村神父さんは24時間オープンで働かれる御父の元で新しいミッションを頂き、鹿児島教区のためにこれまで以上の働きをしてくれることは間違いない。
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捧げしたいと思います。これからは、身体のことを心配しないで地上のために援軍となって
下さることでしょう。