無事でよかったね
甲突川両岸の高く伸びた雑草が横倒しになっていて、かなりの水量だったことが分かる。サギたちの餌場も完全に水没。
依然としてかなりの水量で流れも速い。アヒルの姿も見かけない。これでは日々の食事にも困ることだろう。どこで避難生活を送っていることか。すると突然上空?から「ギャー!」まるで威嚇するような鋭い鳥の鳴き声に思わず顔を上げた。なんと、川べりに大きく枝を広げた高さ7,8メートルもありそうなせんだんの木の天辺に真っ白い小サギが二羽。もう一羽もまた鳴いた。「心配御無用。僕らはそんなにヤワじゃないよ!」今度はそんな風に聞こえた。浅瀬にたたずみ、のんびり小魚漁に励む姿はなんとも頼りなげだが、やっぱり野生なんだな。樹上の二羽がまるで天下を睥睨(へいげい)する皇帝にも思えて、走りを止め思わずパチリ。
ところでいつものアヒルたちはどこに難を逃れたことか。両岸の雑草の中じゃあひとたまりもなかったろうに。アヒルたちが気になりだした。帰りのコースをしばらく行ったところで、なんと、こんどはあのアヒルたちが、団地から引かれた用水路の出口、つまり、川の流れから隔離された水溜りでクワックワッ・・・と楽しそうにおしゃべりに興じているではないか。あの短い足で陸に上がるのも容易ではあるまいに。それとも、サギたちに負けじと安全な場所に飛んでいったのか。足を止めて聞きたくなった。
ともかくみんな無事でなにより。今日から10月。ロザリオの月だ。自然との共存共栄も祈ろう。
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Re:無事でよかったね
アヒル談義
大水で気がかりだったアヒルたちのことについて「アヒルネットワーク」に素朴な質問をした。すると、いろいろ教えていただいた。
まず、アヒル(家鴨)の先祖が、マガモであること。飛ぶ機能は失われていることも分かった。では、どうして大水の難を逃れることができたのか。豪雨の中でもたとえ何キロも流されても元の場所に戻ってきたという話は多いらしい。帰趨本能ということか。なるほど!
ということは、たとえ豪雨でもアヒルは溺死したりしないということか。海の水を飲んでも平気だということが紹介された「(有)坂井利夫家禽家畜診療所」のHPにあったので、あのアヒルたちは、錦江湾まで流されてもまた戻ってきたということらしい。まさか、激流下りを楽しんだわけでもあるまいに。ともあれ流れに逆らわずか。しかし逞しい!
同HPにはアヒルの名の由来も記されていて、昔は「あひろ」といったらしい。水かきがあって足が広いから。またアシヒロからという説もあるらしい。いずれにしても、アヒルが「足ひろ」だったとはこれも納得。
そんなアヒル賛美を知らばこそ。二羽の小サギが川面すれすれに上流に向かって飛んでいった。いつもの風景が戻った。なんだかホッとした。しばらく行くと、いつもの餌場にはなぜか一羽だけが。「こんにちはー」長身の男性がゆったりした足の運びで横を抜いていった。僕としてはいつもよりピッチを上げていたつもりだったので、気持ちよく返事は返したものの、少し悔しかった。
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小教区は楽し
ザビエル来鹿450年を記念して「ザビエル450」と改名したバス停前のホテルが解体作業を始めたのはいつだったか。不思議なほど音もなく粛々と作業が進められているのには感心していたが、
すっかり作業用の壁が取り外された跡地が駐車場だったとは!「ザビエル450駐車場」ではなかった。
「ザビエルまでお願いします。」乗ったタクシーがザビエルではなく直進するのであわてた。「すみません。ザビエルですが・・・。」「えーですからザビエルに向かってますけど・・・。」「あ、ホテルじゃなくて、教会のほうですが・・・。」「お客さんがカバンを持っているし、てっきり・・・。」そんな間違いももうなくなるなあ・・・。少しおセンチになってふと顔を上げたら、バスが目の前に迫っていた。5分も早いのであわてた。
久しぶりのサプライズに、案の定みんなの顔が輝いた。歓迎されるのは嬉しい。それにこうして気兼ねなく小教区のミサに割り込めるのは嬉しい特権。それとも職権乱用?玄関先で、かつての侍者ボーイサッちゃんの三ヶ月になるという赤ん坊に遭遇。まるで金太郎さんだ。結婚の祝福をした手前嬉しかった。
ここの信者たちは大人も子供もお行儀がいいというか心がけがいいというか。遅刻者がいない!三名の侍者もきちんとしている。何故かベンチから降りて床に正座し、きれいに両手を合わせた侍者予備軍ハヤト君の正座の姿はまさに若侍。おかげで?説教にも思わず力が入った。
ミサ後のパーティーは歓迎パーティーではなく、主任司祭の叙階47回目のお祝いだった。昔話に花が咲いたのは自然の成り行きだが、あっという間に一時間が過ぎてしまった。
2:00、教区評議会最終の準備会。参加者は信徒64名、司祭17名。計81名だが若干増えそう。8分団会には司祭を除く信者と修道女が8名づつ。では司祭の処遇は?「司祭だけで別にグループを作る。」「それがいい!」反対もなくあっさり決まったのがおかしかった。ともあれ、「みことばに触れ、食べ、生かされる。」あと二週間、各小教区の最後の取り組みに期待したい。
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我が家のTFT
TFT(Table For Twoの略)と言っても何のことか分からないと思うが、文字通りだと「二人のためのテーブル」。それでも何のことか分からない。
具体的に言えば分かりやすい。どこかの会社の社員食堂で650円のヘルシーメニューを食べたとする。すると、20円が開発途上国の学校給食一食分として寄付されることになる。20円で一食分!実はこの仕組み、2007年秋日本で始まったのだという。
ある修道院から「金曜日の食事一食を犠牲にしてその分をお捧げして集まったお金です」(正確でないかもしれない)といって献金をいただいたことがある。修道院版TFTというところか。小さな「アジア基金」に納めさせてもらったが・・・。
考えてみると、こうしたいわゆる「犠牲」は四旬節のお勤めのような感じもするが、そうではなくて、信者であれば日々の生活の中で普段からなされてしかるべきことのように思う。「我が家のTFT」として始めてみてはどうだろうか。子供たちがいたらどんなことができるか話し合って取り組めば、具体的な信仰教育になる。無造作におやつを口にしなくなるなら健康にもいいはずだ。本来、メタボ解消で健康になることが目指されているようだが、20円の重みを知るだけでもいい。
東京、大阪で337人分の子供たちの給食費が集まったのだという。遠い国の貧しい子供たちと和気あいあい、同じものを分かち合いながら食卓を囲んでいるさまを思うだけでなんだかワクワクするではないか。思いがけないところから神の国が始まる。
午前中テーブルの上を整理しているときに出会ったこの話。紹介に値すると意気込んだのだが、今夜は事務所の例会。どうしよう。
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明と暗と
「こうすれば空気が流れます。」あ、ホントだ!濃い青に塗られた松林の向こうが透けて見えた。淀んだ空気が流れた!と感じた。
「この線はこう引くと絵が動きます。」ホントだ!のっぺりと平板だった絵に動きができた。先生の魔法の手にかかるとたちまち絵が生気を帯びてくる。「絵は自分を解放すること」とも。木の幹は茶色、松の葉は緑。ほかの色を使ってはいけない。そんな固定観念を壊すように。それが難しい。何十種類もの色の前に立ち往生するばかりだ。色の多用がこんなにも勇気のいることだったとは!ともあれ、せっかく空気が流れ動きが出始めたところで次回は思いっきり奇抜な色を塗りまくるぞー!
今日は不思議な日だった。「すみませんでした電話に出られなくて・・・」「・・・」かけてもない電話に二人の別人から返事が。発信履歴を見ると確かに二人に発信されている。ポケットに入れていただけなのに。自動発信もありうるのか?携帯の怪。
差出人のない外国郵便。開けてみて驚いた。なんとウガンダの17歳少女からだった。両足がただれた車椅子の弟の写真が同封されていた。反政府軍の襲撃で家を焼かれ、両親と二人の弟は殺害され、二人だけが難を逃れ、カトリック教会に収容されているという。驚いたというのはその出来事はもちろんだが、それよりもと言うか、昨日TFTのことを書いたばかりだったからだ。誰かに「あなたがお先に」と言われたようで絶句。
手紙を読んで、あのルワンダの内戦を生き延びたイマキュレーのことが蘇った。早速、グーグルマップでみるとルワンダの北の隣国だと分かった。彼女の本も衝撃的だったが、今回の手紙で安逸をむさぼっている自分がまた同じ世界に引き戻されたようで、幾分の戸惑いもある。どんなことができるかわからないが、明日あたりとにかく返事をしなければなるまい。
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ハッピー週末
10日午後2:25、宮崎駅を出発。目指すは一ツ葉有料道路脇の遊歩道。予定では30分ほどで着くはずだ。コースを間違えたものの時間は予定通りだった。
次は約7キロ先の動物園。その手前を左に曲がってまっすぐ行くと宮崎大学の牧場前に出る。その先を左折してまっすぐ南下すると約十キロで宮崎駅に戻る。合計約26キロ。
しかし、地図上の予定と実際の道のりとではずいぶん違うことを実感する羽目に。動物園2キロ手前を左折したのだ。ポケットの地図で確認すべきだったのに。したがって約6キロをカットしたことに。それでも20キロを走れたこと、予定通り5時前に帰れたことでよしとしよう。
コインロッカーから荷物を取り出し、トイレで着替え、タクシーで金松邸へ。夜は二組のMEカップルも合流して楽しい宴となった。
翌11日大淀川周辺を河川敷に沿って約二時間歩く。間近で見る大淀川の大きさに圧倒された。芝生で覆われた多目的広場にサッカー場がいくつもいくつもあって、上のほうには本格的なゴルフ場まで。我らが甲突川はまるで溝。思わずそんな感想を持ったほどだ。次回は大淀コースを開拓するか。
午後からの本命のMEの分かち合いはすばらしかった。一人が弱ればもう一人が支える。こうして、夫婦の旅は二人で一つの信仰を生きる旅。分かち合いのテーマは配偶者への感謝。分かち合いの後でのミサはまさに感謝の祭儀となった。二次会?は真ちゃん宅で。
明けての今日は鹿屋教会堅信式。フェリーでの35分は貴重だった。時間が早いせいか乗客もそれほど多くなく、ラウンジのテーブルを独り占めできたので心置きなくミサの準備ができた。
乗り継いだバスの運転手さんが女性だったのには驚いた。一瞬、どこかよその国のバスに乗ったかのような新鮮さ。こまごまとした注意事項の繰り返しは男性の場合と同じだが、それほどうるさく感じなかった。やはりソフトでいい。
受堅者は一人。近いうち結婚もして帰郷するのだという。魅力的な若い力を感じる好青年だった。主任司祭がMEを薦めてくれた。数年後が楽しみだ。
庭先のハーブを一茎貰った。お茶で残ったサンドイッチをお土産にどっさりいただいたが、フェリーでのお昼は、やはり、いつものかけそばとおにぎりにした。帰ったら早速ハーブを水に。芽が出るといいのだが。
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愛器物語
昨日の午後は興奮の半日だった。十月半ばには各種のミニパソコンが出揃うと聞いていたので先月末から目をつけていたのだ。昨日の13日がセールの最終日とは知らずに出かけたのだが。
結局、当初欲しかった機種をしのぐものは出ていないことが分かったので即決。台湾製のASER。重量1.1kg、能力も十分。何よりも17×24.8という超小型が魅力的。電源コードが高圧線ほどもある?のはちょっとダサいが、今日計ってみたら重さは従来のものと変わらない。
ともかく、店先から声を弾ませて達人を呼んだ。なんと、山にいるという。「来ませんか」の一言に心が動いた。必死に自転車をこいで帰館。梱包を解いてリュックに詰め、取る物も取り敢えずタクシーを飛ばして電車に飛び込んだ。こうして、電話から二時間後には達人が目を輝かせて感嘆の声を上げた。
久しぶりに山の温泉に身を沈め、さっぱりした気分でベランダに出て驚いた。バーベキュー用のテーブルには僕の愛器がビニールの袋に収まったまま安置されているではないか。その傍らには水を張った小さな器と小枝が。やがて家主によって達人手作りだという内容豊かな祝別の祈りが厳かに捧げられたではないか。
早く自慢したい一心だけで駆けつけた自分としては想像だにしなかった新機種の祝別式!そんなわが身を恥じているとボクの頭にも三度聖水がかけられ、感激倍増。最後はお神酒での乾杯まで用意されているという心憎いばかりのお膳立て。感激はトリプル。折りしも、福岡黙想の家でのボランティアから帰る12名も合流することになり、時ならぬ宴に祝杯を重ねたことはいうまでもない。
今日の午後、達人自らで向いてもらっての愛器の調整。お陰でインターネットにスカイプ、パワーポイント何でもござれの優れものに変身。旅先で早く試したいのだが、今月遠出の出張がないのが残念。
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暗中明あり
今日のお絵かきは山をほめてもらった。というのも、桜島が僕にはどうしても紫には見えなかった。しかし、山を紫に塗る仲間がいる。どうして紫なのか今日ようやく分かったように思った。
山肌をよーく観察すると、確かに茶色だが、溶岩の紫がかった色が自然に思い起こされた。なるほど「近い色を重ねる」との先生の言葉がよみがえった。茶色と紫。確かに紫が混じっているようにも見える。
それに、雲ひとつない秋晴れの空は真っ青だが、稜線に近いところは幾分白んでいる。しかし、それもよく見ると薄いピンクのようにも見えた。幾分の修正はあったものの紫の試用といいピンクの試用といい、いずれも正解のようだった。「きれいな山が描けました」には嬉しかった。「ストーリーを作りながら描く」域にはまだまだだが楽しく描けたのは確か。
今日の反省点は二つ
・似たようなものを並べない
・空の色は山に向かって塗る
「もっといろんな色を使うように」との前回の指摘を少し生かすことができたことで今日の二色の「奇抜な試用」は成功?来週も晴れるといいのだが・・・。
インド・オリッサ州・カンドハマル地区でのヒンズー教徒過激派による教会襲撃が政治的働きかけやメディアによる圧力で収束したという。10月3日以来襲撃はない。今日落手したアジア・フォーカス10月10日号が伝えた。ほっとしたとはいえ、信者たちの言葉を借りると「守らなければならない物なんて何にもない」ほどの状況らしい。ヒンズー教がインドの民族宗教とはいえ、見て見ぬふりした政府の怠慢は厳しく問われなければなるまい。誰がどうすればいいかは分からないが・・・。何よりも人々がこうむった精神的、肉体的癒し、そして赦しと和解による真の平和の回復を祈りたい。破壊された住まいや教会の修復も大変かもしれないが・・・。
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