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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。
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読書合宿

by admin posted at 2008-07-01 20:59 last modified 2008-07-01 21:00
シナイ山の夜明け

 

快晴の今朝5:00。すでに明るくなった外に出ると、まるで秋口の涼しさ。ミサを済まして庭を散歩。日課の野菜ジュース3人分を作り、7:00過ぎには読書開始。

なんだか、読書の合宿にでも参加しているみたいだ。今日で読み終わりたい本は「フランシスコ・ザビエル」(津山千恵 三一書房)。著者はカトリック信者のようなないような。同じ信仰に生きるものの筆の運びを感じるかと思えば、「三位一体という言葉もこのような組織立てられた教理も新約聖書の中には出ておらず・・・」同じような但し書きが他にもあった。ま、それはともかくとして、織田信長時代、つまり迫害と鎖国を経験する前の日本人は道理にかなった真理に心を開く自由さがあった。しかし、今日にいたるまで、その後の日本人は無宗教的になってしまったという指摘は心を重くした。迫害さえなかったら日本はキリスト教国になっていたかもしれないというのに!

我らがヤジロウが「ザビエルによって救われたにもかかわらず、彼が去った後海賊船に乗るようになりシナのあたりで殺された」という断言には、「やっぱり?」。「・・らしい」という程度のことは読んだことがあるからだ。ともあれ、聖師ザビエルの聖人たるゆえんがよく分かったので満足。

事務所の郵便物置きに分厚い書籍封筒。思わず「また来た!」「キリスト教をめぐる近代日本の諸相」まるで、さっき読み終わった本の内容を知っているかのようなタイトルに驚いた。「続きを読め」と言うことらしい。しかも「乞ご高評」の赤いスタンプが「謹呈」の側に。やれやれ。「新渡戸『武士道』を端緒として日本人の心性を読み解く」という帯の言葉につられて60頁ほど読んだのだが・・・。読書合宿はまだまだ続きそう。

清澄な朝の空気にシナイ山が脳裏に。

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道はるかでも・・・

by admin posted at 2008-07-02 20:50 last modified 2008-07-02 20:50
聖パウロ

午前中絵画教室。読書合宿の合間の息抜きに丁度よかった。今回もアジサイということだったので前回のアドバイスを思い出しながら構想を練った。

しかし、教室に飾られたのは花瓶一杯にあふれた大きなひまわり。大輪の花もさることながらたっぷりとした葉の豊かさを描きたいと思った。「おいしいもの(花)は後から」のアドバイス通りはよかったのだが葉の立体感を出すのが難しい。「絵は描こうと思うな。絵は作るもの」の境地を目指しているつもりでもまだまだ。「絵を描くのは無責任。あるがままを書こうと責任を感じなくてもよい。」先生のこの自由奔放さがたまらない。「絵は作るもの。無責任」がアタマの中で繋がった。今日の収穫としよう。それにしても、いつになったら自由奔放な色使いを楽しむことができるようになるのか。道遠しの感ひとしお。

奔放と言えば、回心後のパウロがここを先途(せんど)とまさに獅子奮迅の働きをした地中海世界。そんなパウロが好きだった父が36年前の司祭叙階式に詠んだ12首のうちの最後の一首。

l         身は独りに成り果つるとも 踏みこえてひるむことなかれ パウロの如く

思いがけなくも、今日、そのパウロの御像が届けられた。霊名のお祝いにと、奄美出身のシスターの手作り。実は、この父の歌を思い出しながらアレオパゴスのパウロ(使徒17.22以下)を製作したのだという。早速お礼のはがきをしたためた。

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格差社会?

by admin posted at 2008-07-04 22:06 last modified 2008-07-04 22:06
ザベリオ会本部全景

久し振りに関空に飛んだ。乗客が少ないのに驚いた。一列に独りづつ座っても半分も埋まらない。なのに、トイレから帰ると一つとなりの席が埋まっていた。

扉が閉められたのを見計らって前列に移動。

関西地区で働くザベリオ会司祭の月の静修のテーマは「現在社会においてカトリックの家庭(夫婦)が直面している諸問題」。主に、長年関わっているMEにまつわる話が聞きたいとのことだった。カトリック夫婦が直面している諸問題の中で一番の問題は、社会でと言う前に「信者の夫婦としてのサービスを教会から受けられていない」ということではないか。婚姻の秘蹟の説明はあっても婚姻の秘蹟を生きるというか、夫婦の霊性というか、二人が授けあった秘蹟の恵を豊かに生きるには、という視点が当局側に足りない。むしろ、夫婦が壮年会と婦人会に分けられてしまっているのが現状。教会内離婚?

ともあれ、夫婦は秘蹟として、洗礼の秘蹟の恵を豊かにするために聖書講座が用意されたりするのと同じように、なんらかの支援体制が公式になされてしかるべきだと思うのだが・・・。今のところ、民間レベルでのMEしかないのは残念。格差社会は人事ではない。日付の根拠はないのだが、「2月2日は夫婦の日」そんなポスターが届くと嬉しいな。

鹿児島教区もお世話になっているザベリオ宣教会。聖書学者もいて異宗教間対話を推進する司祭もいて多士済済。夕食後は殆どの司祭がそれぞれの持ち場へ。短い時間だったがほんの少し親しみが増した。阪神大震災後に引っ越してきたという泉佐野の静かな住宅地の小高い丘にたつ本部館は、竹林もあって月一回の集いの場にふさわしい落ち着きを見せていた。関空まで20分弱というのもいい。

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