妥協ラン
今日から8月。なんとなく緊張感がみなぎった。骨休みは昨日一日だけで、今日は手紙の日となった。まず、三人の姉妹への月一回の定期便。教区報送付が本来の目的だが近況を知らせるのが慣わしになった。午前中にもうひとつ大事な手紙を書き終えてほっとした。午後は、礼状中心。
22日の帰国以来三度目のラン。走るときは、5:30に夕食。6:30過ぎ出発。夏のランは距離ではなく時間。40分も走れば10キロ分の効果がある。夏前だと、10キロで確実に体重が一キロ落ちる。第一汗の量が違う。今日当たり風もあるようなので少し距離を伸ばしたが、それでも8キロ止まり。
あと4,50m。信号待ちの車の列が動き出した。そこでストップ。車の動きが止まると同時に出発。これが妥協ラン。健脚家ないしはラン未体験者にはわからないと思うが、本調子でないときは信号がエイドステーションとばかりに一息つくチャンス。しかし、4,50m走って信号にたどり着くころは車の動きが止まってしまう。一息つく間もなく、車の間を走ることになるのだ。夏の間は無理せず己に妥協しながら体を慣らすことに決めたのだ。
シャワーの後の氷水と冷やしたラッキョウがこれまたなんともいえない絶妙の組み合わせなのだ。今日は大きなコップに4杯のお変わりとラッキョウ7個。
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ランニング
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遅ればせながら
とりなし者の国際的祈りの会「燃える芝の会」(日本では「愛の泉」)アメリカ本部のシスターから、8月は日本の教会のために祈ることになっているから、こちらからも祈りの要請の手紙を出すようにとのメール。
このときとばかりに、鹿児島の教会の歴史や列福式のことなど書き連ね、日本の信者たちが信仰の恵みに気づき日本の教会が活性化するようお願いした。数時間を要した。意気込んだものの送信したら、なぜか重荷を下ろした感じがした。所詮外国語。
探し物をしていたら、オーストラリア最初の逗留地メリーボローの教会報(7月13日年間第15主日)が目に留まった。あの時は何気なく受け取っただけだったのに、手にとって驚いた。「私たちのワールドユースデー巡礼にようこそ!」と題した主任司祭の挨拶は、まず日本人巡礼団を歓迎する言葉だった。そして、「私たちの・・・」が新鮮だった。何よりも、シドニーに行く人も行かない人も若者たちとともにする信仰の旅、巡礼の同行者なんだという認識が世界共通になされていることが嬉しかった。そして、「皆さんがこうして私たちの中に一緒にいてくれることは、私たちが世界に広がるすばらしいカトリック家族の一員であることを祝っているということです。」そして、「私たちのお祈りと思いも皆さんといっしょに(シドニーに)行きます」。その日のミサでは聖マリア教会からの参加者16名の祝福式も行われ、家庭的な雰囲気に包まれた。
まだ42歳の若い主任司祭だが、なかなか紳士で如才なく、素敵だった。日本でも、そんな心遣いを持った教会(教区)があったものか。鹿児島ではなかったなあ。
ミサ後、危ぶまれた天気はやはり本降りの雨に。つまり、午前中のテニス・クロケット・ゴルフは中止。前日靴とジャージーを求めたというのに残念。結局ピンポンに招かれ、準優勝。ご褒美は自家製ビールとカンガルー見物。さすがオーストラリア。民家の近くの原っぱにどこからともなく現れるというカンガルーの一群。やはりボスらしいのがいた。中には、袋から足の出ている子持ちもいたり、雨上がりの草原ににゴロリと横になるのもいて楽しかった。
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できごと
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納得サンデー
午前7:00のミサを依頼された。小聖堂のいすが何十脚あるかは知らないが、満席なのに驚いた。涼しいうちにと早起きしたのかもしれない。そう言えば、、早朝の風にもう秋を感じるのは気のせい?
久しぶりに腕を振るってヤギ汁。あくを取ってさらに水洗い。冷蔵庫から使いかけの野菜をかき集め具沢山。はて、塩が見つからない。これは・・・砂糖か。エート、これは・・・塩コショウらしい。よしこれだ。軽量スプーンで山盛り二杯半投入。圧力鍋で約40分。コショウが効いているが納得の味。
時あたかも、鹿児島実業対日大鶴ケ丘。中盤戦。テレビの画面に踊る数字にわが目を疑った。10対1。桜島打線が火を噴き猛打に継ぐ猛打で14対1での快勝。風は南から。これも納得。
1:30、ME例会。性格スタイル。僕の結果は「カタリスト:火付け役」。いまいちピンとこない。僕が火付け役?「・・自由で自発的、・・行動第一・・変化を求め・・物事を自分流に行う傾向・・衝動的・・(まだ続く)」分かった分かった、もう止めてくれ!と叫びたいほど納得。
30分で退席し、2:00からの教区評議会準備会へ。「みことばに触れ、食べ、生きる」がテーマ。司会者を無視するほどに談論風発。ついにメンバーの一人が切れた。「こんなの会議ではない!」・・・(シーン)。しかし、そこは淑女紳士たちの集まり。「ハイいいでしょうか」反論も何もなく、即、と言うか、アッサリと言うか、きちんと挙手による発言へと秩序回復。「これで会議らしくなった!」ご本人いたく納得。
さて、今日は納得のいくランができるか。
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気まぐれに
数字で見るオーストラリアのカトリック教会ー2005年の統計より(対象国157)
順位 カトリック人口 総人口 人口比 教区 教区司祭 修道司祭 終身助祭 m修道者 f修
37 5,239,000 18,841,000 27.81% 32 1,943 1,172 53 2,138 6,876
ちなみに日本の教会は
94 509,000 127,851,000 .40% 16 501 1,088 12 1,407 6,263
オーストラリアが急に身近に感じられるようになり、帰国して今日でちょうど十日目。メリーボローの主任司祭にメールしたりして、ホストファミリーの住所を教えてもらったりはしたものの、ふと、いまだにオーストラリアの教会については何も知らないことに気がついた。事前に知っておくべきことだったと思うのだが・・・。それが冒頭の数字だ。日本との差は歴然だが、メリーボローで会った幾組かの夫婦が片方未信者というのには驚いた。なぜかそんな彼らに親近感が沸いたものだった。そんなことなどを思い出しているうちに、いつしか心は完全にメリーボロー。
昼過ぎに小雨がぱらつき、あわてて洗濯物を取り込んだ。このままやむかと思いきや、一時間後には乾燥しきった大地にたたきつけるような激しい雷雨。作業を中断して電源を切り、コンセントを抜いて雷被害からガード。急に手持ち無沙汰に。あ、そうだった。これも気まぐれに、高校野球観戦。KEIOのユニフォーム姿につい最後まで。「・・・陸の王者慶応!」の応援歌に、神学生のころ同じ時期夏のスクーリングで三田や日吉に通ったころが蘇った。46年ぶりの甲子園という無名校が36回目?とかの名門校を降した。すでに豪雨はやんでいた。心なしかほんの少し涼しくなった。
前回9キロまで延ばしたので、今日当たり10キロに戻せそうだと期待したが足が重たく中止。昨晩、神学生との一杯が深夜に至ったツケ?
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Re:気まぐれに
主の変容に思ったこと
広島原爆投下の日。小学生の平和宣言が胸を打った。市長さんの挨拶も頼もしかった。とは言うものの、カトリック平和旬間も今日から始まったというのに、影像を見るだけで終わってしまうなら平和
のために何もやっていないのと同じ。かつては、「みんなで広島に行こう!長崎に行こう!」と奮い立ったときもあったのだが、一度も実現していない後ろめたさのようなものだけは今も・・・。「来年はどうされますか?」との質問に、「もちろん毎年続けよう。」かくして、今年のザビエル祭(17日)でもユネスコ協会の皆さんと平和の鐘を鳴らすことになってはいるのだが・・・。
午後、とりなしの祈りの皆さんとちょっとしたワークショップをした。ありのままの自分と言うか、自分の性格をある程度客観的に見るための簡単な作業。前々回書いたあれ。実は、これが信仰生活にも大きな意味を持つと思えるので別のグループに提供してみたワケ。そのとき大切な視点は
●私は神に似せて造られた者●
支え役・調整役・慎重派・行動派など違う色合いの性格が渾然一体となっているのが自分ではあるが、ボクの場合、行動派がほかよりもずっと勝っている。ここで考えて欲しいことは、これらの性格は実は、神様からの授かりもの。つまり、恵み!
さらに言えば、私の中のこれらのものは、神様の性格の分身。ここまで来ると、自分を見る目が百八十度変わる!いや、人を見る目も!さらに、人間はこうした違う自分を一人で統合できない。それができているのが我らが創造主お一人なのだ。ボクの言葉で言えば、神様こそが真の円満なお方。だから、ほかの人が必要になる。お互いに自分自身を客観的に見れば、人の助けが必要なことがわかるはずだ。一人で円満になるのではない。みんなが補い合って神様の円満さを実現しようとする。神の国はこうして実現する。
で、真の平和は自分を恵みとして受け入れるところから始まる。少し難しかったカナ?今日もランは休み。
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AB型的発想?
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ロマンの扉が・・・
9:27のなのはな号でいざ指宿へ。例の「ヤギドン」調査。直ちに図書館へ。来館のわけを話すと、人名辞典から郷土史、それに薩摩に関する歴史書と膨大な資料を提供していただいた。
それだけではない、インターネットで調べてくださったり、直接電話で問い合わせてくださったりと八方を手尽くされ、思いがけない献身的なご協力に恐縮しながら深謝。最終的には、尚古集成館に行く事を勧めていただいて、約二時間で退出。八木玄悦(称平)が1857年わが国初のガス灯製作に貢献したというのは意外だった。実は、斉彬公の命により、もう一人の蘭学者とともに、ガス灯用法の蘭書の翻訳に当ったのだという。なるほど。もうひとつ分かったことは、33歳で死亡。結局、「ヤギドン」と同一人物であることを特定できないまま第一次調査は幕。
ところが、意外なところから新事実が。帰宅後、今日の話を兄に電話で話してみたら、「ヤギ ショウヘイ」と聞いた記憶があるという。思わず「エッ!」と叫んだ。「八木称平だ!同一人物だ!間違いない!」漠とした話に一条の光が差し、筋書きが見えてきたような歓喜に、なんだか、小躍りしたくなった。ロマンの扉が開きかけた。後は、祖父の生年月日だ。まもなく明治維新を迎えようとしている激動の一こまを薩摩の偉人たちの薫陶を受けながら青春を生きた祖父に会いたい。そんな思いがこみ上げてきた。
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天使の歌声
久しぶりにザビエル小教区のミサ。一人でのミサも集中できるので好きだが、大勢と一緒にささげるミサはやはり共同体のイベント。祝福前のお知らせが多いのもザビエルならでは。各自、持ち場があって、その場の責任者らしい風格がある。カトリック平和旬間コンサートなるものもあるそうで驚いた。
急遽マニラでの青少年司牧研修に行くことになり、日本の現状をパワーポイントで発表すべく、ミサ後、初の取り組み。それらしいのが出来上がったもののiPodへの取り込みがうまくいったのかどうかいまいち確認できなかった。明日に持ち越し。
まかないさんが夏休みでこのところ自炊が続いている。今日のお昼はカボチャ入りおじや。二杯もお代わり。それぞれ特技あるから助かる。鹿児島実業が三回戦進出を決めたとの情報になんだか弾んだお昼になった。一方、谷選手が銅メダルに終わったことを「ドウでもよしとしよう」とのおじさんギャグに反応なく、「そうだね」と素直な返事。
5:00きっかりにコンサート開演。12歳のフランス人少年とスイスで活躍する日本人オルガン奏者。「もうすぐ、声が変わるので、これが最後になると思われますからしっかり聞いてください」とのコメント。二階の聖歌退席からの演奏なのでどちらも顔が見えない。「南フランスより平和を告げる天使の歌声」と手元のチラシにあるようにまさにスウィートボイス。パイプオルガンの演奏も、さすがに洗練されていて、荘重なフーガの調べは圧巻。公演なかばようやく祭壇前に立って歌った。骨太だが物静かな感じ。最後の曲も祭壇前で披露し、アンコールの拍手がやまなかった。天使の歌声を皆さんにも披露したいが、断りをもらってないので、アンコールの音声だけ。悪しからず。
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クララの日に追悼ミサ
10:00、レジオ・マリエのメンバーを中心に市内各教会から約70名ほどが追悼ミサに参集。祭壇前には遺影が飾られ、元気な頃が偲ばれた。
元気になったら3年後の司祭叙階25周年記念には、同期の司祭たちと聖地巡礼に行く約束だったという。果たすこともなく22年と4ヶ月の司祭生活を終わった。人間的には無念。しかし、すべてが神のみ手の中で起こることを思えば、戸惑いながらも、どうして嘆いてばかりいられよう。間違いなく新しいミッションを頂いているはずだから。
ミサ後、思いがけないお昼の招待を受け、久しぶりに好物の煮しめにアブラソーメン。島の味に至福のひと時。折りしも、一人が鹿児島出身だというバドミントン女子ペアが世界ランキング世界一の中国を破って思わずみんなで拍手喝さい。当人たちも涙涙。それにしても、バドミントンがこんなにも激しいスポーツだったとは!
今日は聖クララの祝日でもある。アシジの聖フランシスコに倣って修道生活を始め、クララ会の創設者となった。かつて、フランシスコに憧れて何冊もフランシスコの本を読んだことがある。「まことの地にいたるまで」は二回も読んだ。確かその本だったと思うが、晩年、クララが訪ねてくると知らされると「こんなみっともない姿を見られたくない」と気をもんだという。人間フランシスコの一面に親しみを感じたものだ。
クララ会といえば、いつだったか、アシジのクララ会を訪ねたとき、面会室に大勢のシスターがやってきたので、端っこの人は来訪者の顔が見えない。目をキラキラさせながら入れ替わり立ち代り僕らを伺いに身を乗り出した姿が忘れられない。笑顔いっぱいの好奇心に満ちた天真爛漫さはまるで小学生のような明るさでフランシスコ譲りかと印象深かったことも思い起こされた。木村神父さんもそんな天真爛漫な天国の住人たちと四方山話に花を咲かせているのかな。
今日のランはかなり復調の兆しだが、まだ9キロどまり。
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