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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。
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輝く人々

by admin posted at 2008-08-30 20:00 last modified 2008-09-05 15:52
黙想の家中庭

国別対話

まとめの講話

8月29日4:30、三日目間の研修終了。最後のまとめの三点が気に入った。

1.        現状に満足しない

2.        何もなかったら、何かを始める。

3.        何かあったら更にいいものにしようとする。

九州の三人の司祭・ちえこさんの五人で何か始めなくっちゃ。

それにしても、「キリストの弟子になりたい」。そんな熱い思いにかられて「一面トップを飾る記事」に挑んでいた一流の女性ジャーナリストがすべてを置いて貧しい人々の中へ。やり手の女性弁護士がすべてを置いて青少年司牧に。もちろんいずれも一般信徒。この人たちに共通しているのは、人が羨むような充実した生活のように見えてもどこかに物足りなさというか飢餓感があったこと。そして、自分は一体誰なんだと言う深刻な問いを自分に向けていたこと。家族四人でマルタ島に派遣されたジュウドさん、「辛いことの何倍も喜びがある!」まるで絶叫するかのように熱く、熱く語った。

司祭になったボクでさえも圧倒されるようなパウロ的回心。ボクの場合「すべてを置いて主に従った弟子たちのように生きたい」ほど明確な動機付けがあったわけではない。子供の頃から期待されていたことを二十歳の時に「そうだ、ボクは神父様になるんだった!」と脈絡なしに突然思い出しただけだった。みんなと同じように大学に進学して・・・という漠然とした思いに取り付かれていて、大事なことを忘れてしまっていたような気づきだった。勉強の行き詰まりもあったかもしれないが、「自分の人生を自分で選んだ」という誇りたい気持ちがあったことは確かだった。

勝手に推測するのはどうかと思うが、あの人たちにはその何倍もの揺るぎない確信というか、主の呼びかけに100パーセント応えたいとの抗いがたい願望があったのかもしれない。話を聞いていてそんな風に感じた。宣教に送り出された弟子たちの高揚した気持ちを共有しているようで羨ましいような、妬ましいような。いずれにしろ、こんなにも内面的な輝きを放つ人々がいることに驚いた。

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