Somthing New
31日。チャンペン(chanpen)でのミサは6:30だというのに、四年前に献堂した聖堂(聖母奉献の教会)はほぼ満席。約三百名だったとか。ベトナム生まれの「十字架の愛の修道会」の若いシスターたちの奉仕で聖歌も元気。
何よりも感激したのは奉納。「パンとぶどう酒に続いて献金」は普通。しかし、ここは違う。おびただしい?数の人の列が続くので驚いた。ある人はバナナ、ある人は名産の竹の子、ある人はカボチャに米、木の実、飲み物、ある人は家で作ったものなどなど。すべて生ものの奉納。そのための大きなテーブルも用意されていた。受け取る際に頭に手を伸べて祝福し、奉納の後で横一列に並んだ全員に大きな祝福を送る。奉納されたものは二人の司祭と四人のシスターの一週間の食料になる。従って、合計六人の食費が週千バーツ(3千円)ですむという。貧しい地域なので献金は少ないがなんと豊かな教会の原点を生きていることか!「司祭は、本来祭壇に上がるもので生活する」教会の原風景を見る思いだった。
ミサ後のハプニングにも戸惑った。記念撮影の後、老いも若きも祝福を求めて殺到。頭に手を伸べると手を取って指輪に接吻。特にお年寄りの篤い接吻には否が応でも「聖別」の重みを実感。ともあれ、こんなにもおびただしい接吻を受けたのはもちろん初。それにしても、相手によって挨拶の仕方が違うとはいうものの、指輪への接吻は40年ほど前に絶えたものと思っていただけに超意外。
四千人の小教区には二つの巡回教会がある。そのうちの一つ母教会から20キロ離れた山の上のコックラン(khok klang)の聖ヨセフ教会は信徒数約200名。九時のミサ前の聖堂内。ここでも次から次へとひっきりなし。両手を合わせたままある人は床に跪き、ある人は床に伏して足元にかがみこむ。まるで礼拝。さすがに面食らった。奉納物にも特徴がある。特筆すべきは「森のねずみの燻製」。早速、ミサ後のお昼に供された。毛が残っているところもスゴイ。ずいぶん前に、マーケットでねずみが並べられているのを見た時はショックだったが、今回は試食。「とてもおいしいですよ」若いシスターの一言は真実味があったものの彼女は手を出さなかった。確かに、味は悪くない。しかし、毛の付いたお代わりはどうも・・・。しかし蛙のフライは美味。チキンと同じ。
コガネムシを細長くしたような美しい瑠璃色の羽を持つ昆虫が夕食の食卓に。ギョッとしたが、頭をむしって羽のままチュウチュウ言わせながら噛むとウマイ!抱卵期ということもあって味は絶妙。羽は装飾用に使われるので、食用の捕獲は禁じられているらしいが、マイ・ペンライ(気にしない)。「私たちは、車以外動くものは何でも食べる」と言って笑うがまさに!
しかし、今日のメインイベントはなんと言っても蜂退治。日没を待って巨大な蜂の巣を火のついたワラ束で急襲。かくして取り出された蜂の子は卵とじとなって食卓へ。四歳のシュプリムちゃんは「どうして虫を食べるの?」
ところで、この蜂の巣、家の周囲に十個も。まるで蜂の巣の人口養殖場だ。実は、ワット神父の弟のトゥムさんがまだ始まったばかりの小さな巣を森から持ってきた。そして家の周囲につるした。すると、中の幼虫が羽化し、蜂となって働き出して巣はしだいに巨大化。そして三ヵ月後の今日食卓に上ることに。毎回サムシングニュー(どこか新しい)。蜂の子の味?わるくない。
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留守番リゾート
ワット神父さんは会議で一日留守。おとなしく留守番。これまでのことを日記にまとめる作業に専念。アップするかしないかは別にして、貴重な毎日であっただけに、丁寧にまとめておきたいと思った。午前中でかなりはかどった。
昼からは、持参のiPodで音楽を聴きながら、ワット神父さん特製の塀の上の小屋に上がってザビエルの書簡を読む。ザビエルという人はやはり時代の人というか、バラモン教の僧侶たちに対する批判はかなりひどい。「・・この世でもっとも邪悪な人たちです。」かなりの紙面を割いてバラモン教の実態を暴いている。鹿児島の福昌寺の住職忍室と対話した姿からは考えられないほどの蔑視ぶりに驚く。うたた寝をしながらの数時間はまさにリゾート。広々と広がる青田は開花直前の稲が波打っている。ふと見ると、水牛の背に二羽の小鳥が。一羽は背中に一羽は頭に。思わずシャッターを切った。動きを止め、少し上向きで静止状態。迷惑がっていうようでもあるし気持ちよさそうでもある。その表情がなんとも可笑しかった。ワット神父さんの説明だと、この種の小鳥だけが背中にやってくるのだという。背中や頭の寄生虫を食べてくれるのだという。実は、あの水牛、「ああ、気持ちいい」と言っていたことが分かった。共存共栄とはまさにこのことだ。平和な光景に出くわしてこの数日間で一番のハッピー。
3:40、タイでの初めてのラン。ちょうど一時間。車も少なく、道路は広々とどこまでも真っ直ぐ。昼間は日も射して暑かったが、夕方になるにつれて曇り。走りには好条件。8月21日以来ほぼ十日ぶり。旅の疲れもあるのか帰りはかなりきつかった。帰ると、アメリカにいるはずのリーさんから電話が入っていた。タイにいることを告げると驚いていた。
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タイで出会ったザビエル様
例の塀の上の小屋で午前中二時間ほど読書。鹿児島に関わりのある四巻を先に読み、ザビエル関連のものを何冊か読み、そして今度の旅行に読みかけの「ザビエルの海」(宮崎正勝著 原書房)を持参して読了。この本を読み始めて、改めて、ザビエルの書簡をはじめから読みたい気持ちに駆られて第一巻を持参。
お金の使い道や、信用できない人に対する警戒心など細かな指示は聖人「ザビエル様」のイメージからは意外な感じもする。始まったばかりのインド宣教の成功のためには責任者として必要なことだったのかもしれない。それでも、聖人たるゆえんを探しながら読むと、そのタフさと疲れを知らない熱心さに驚く。ただでさえ、体力を消耗するような毎日の激務にもかかわらず、賊に襲われ孤立無援となった人々のことを聞きつける即座に対応し、身を挺して救済に乗り出すエネルギーは一体どこから来るのか。ポルトガル国王ジョバン三世にたいする長い手紙は国王の吝嗇(りんしょく)を戒めるもので、敬意を払いながらも妥協を許さない説得にはどこか聞かん坊を戒める風にも感じられてほほえましくさえある。これも聖人の聖人たる熱心さ。とくに、最後の審判で聞かれるであろう神様のセリフを述べたり、国王の返事に対する神様の反問が想定されていたりして楽しい。しかし、「私はこのインド地方において生涯働き続けたいと思って」いたにもかかわらずインドを離れたのどうしてかとも思う。
ともあれ、今年はパウロ年。パウロの手紙が読まれることが薦められているが、ザビエル様の書簡を読むことも薦めたい。とくに鹿児島の人にとってはパウロよりも身近な人だけに、実を粉にして働いた聖人の熱心さに触れるならきっと自分の信仰に対する思いにも変化があるに違いない。
稲田をわたる涼風に身を任せながらの二時間はまさに天国だった。
午後、ホテルでのメールチェックと書き溜めた日記の更新に出かけたが、前回教えてくれたスタッフが辞めていて、独力での一時間半の努力も水の泡。二時間百バーツもフイ。ケーキやアイスクリームをお土産にトクちゃん宅での歓迎夕食へ。運転中でも一杯やるワットが、旦那が刑事さんだけにさすがに飲むのを控えていた。
バンコクでは官邸周辺が戒厳令下に置かれたという。周辺の学校も閉鎖。現政権に対する国民の怒りが爆発し辞任を要求して政権支持者らと衝突し44人の負傷者と一人の死者が出たことによる措置だという。4日のバンコク移動に支障はないとワット神父は断言するのだが・・・。
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推薦図書
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Re:タイで出会ったザビエル様
政情不安は日本も同じ
なんと田舎町のサコンナコン、といっては失礼かもしれない。なにしろ約百万の人口を有する大きな町なのだ。独自のテレビ局があるわけでもなくすべてバンコクからの配信。もっとも、中心市街ではケーブルテレビが視聴できるらしい。
しかし、ビルがあるわけでもなく、なんとなくだだっ広い田舎町の風情だ。田舎育ちなので違和感はないのだが、百万都市という先入観がこだわりになっているのは確かだ。そんな町の空港で無線ランがバリバリには驚いた。もっとも、気づくのが遅すぎて時間切れ。しかも、何故かパソコンがオフライン状態。修復するのにモタモタ。時間も充分あったので時間つぶしに外をぶらぶらしたり写真を撮ったりしたのが悔やまれる。待合室のテレビでは、オリンピックのテコンドウーで銀メダルに輝いた少女の表彰式の様子が。ともあれ、この分だとバンコクに移動したら三ツ星ホテルでも期待できそう。
ワット神父さんがインターネットで予約したホテルは「コンビニエントホテル」。空港からタクシーで十分は確かに便利。しかし周りには何もなく、町に出るには高速道路を走りに走って30分以上。便利というのは空港に近いというだけ?しかし、その判断が間違いであることが間もなく分かることに。
ともかく、開業して一年とはいうもののホテルは英語を話す人たちで大賑わい。三名で二泊三日朝食つき3780バーツ(日本円だと約1260円、つまり一人当たり一泊630円)とくれば、はしたないけれども、もう笑いが止まらないではないか。しかも、インターネットは部屋では無線ランが可能。思わずヤッター!しかし、結局入り口のドアを開けて、部屋のテーブルを持ち出し、部屋から半分廊下に出る感じでないと接続できないことが判明。それでも、懐かしいほどに久し振りにブログの交信も可能になって感慨ひとしお。
チェックインを済ましてすぐに日本領事館へ。十月に来日予定のワット神父さんと姪のチュムちゃんのビザ申請。30分乗ったタクシー代がたったの700円。中心街へ行くのに30分の時間さえ惜しまなければどうということはない。そこで納得した。だから、「コンビニエントホテル」。それはともかくとして、数日内に電話での連絡がある旨告げられて退室。被昇天教会の聖具売り場でタイ製の小さな十字架80個購入。聖体訪問後トゥクトゥクでお昼へ。三人乗りトゥクトゥクは楽しかった。何よりも彼の笑顔に癒された。メニューは野菜たっぷりの大盛りタイ風焼きそばでたったの120円。小学生の毎日のお小遣いが50バーツ。中高生で百バーツ以上。そういうことを考えると、百バーツは高額ではないという。とすると、30分走って200バーツというタクシーの運転手の生活も楽ではないことが分かる。そためか、ワット神父さんはいつもおつりを受け取らなかった。それにしても、帰りのタクシーの時速120キロには体中がこわばった。
夕食はワット神父さんの提案でルームサービス。お昼ほどではないにしてもとにかく食事が安いのでルームサービスでも気にならない。それにしても、日本もタイも政情不安は同じ。いずれも平和?
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できごと
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ピクニック
約五キロ(ワット神父)もあるという海岸は椰子の木が茂り海岸線よりはパラソルに覆い尽くされ各小さなテーブルには長いすが置かれていて寝そべることが出来る。道路沿いには屋台のような店が並び、客がテーブルに着くのを見計らって、食事の注文を取りに来るという手はずのようだった。
美しい砂浜と漣(さざなみ)の立つきれいな海を見て泳ぐこともなく見るだけで帰る手はない。急遽海水パンツを求めて予定外の海水浴。何年ぶりだろうか。石ころ一つなく百パーセントの砂浜の感触が気持ちいい。海水は暖かく、緑がかって見えるが透明。沖に向かって泳ぎだしたら誰かが名を呼んだようだった。泳ぎをやめて振り向くと、いつの間にかワットが渚に立っていて、まるで子供を諭す父親全として叫んだ。「あまり沖に行くんじゃないよ。」後で分かったことだがかれは海を知らずに育ったのでまるで泳げないらしい。ナルホド。
小一時間海で過ごしてパラソルに戻ったら十一時過ぎだというのにもうお昼が用意されていた。何年ぶりかに重たい朝食を八時過ぎに食べたというのに!せっかくなので焼き飯を少し。しばらくしたら大きな焼き魚も運ばれてきた。当然ながら魚と共に大半はお持ち帰りとなった。今夜は町に出て日本食をご馳走することになっているのに一体いつ食べようというのか。昨晩もバナナ一抱えも買ってきたり、食べる量をわきまえないところがあるので困る。誠心誠意もてなしているは分かるのだが・・・。
こうして半日ワットに雇われたハイヤーの運転手に払った料金は1600バーツ(約4800円)。気の毒なようでもあるが、それでもなんでも値上がりしているのはどこの国も同じ。こうして、書いているのは狭い入り口の一角にあるインターネットエリア。出る人来る人ひっきりなしだ。流暢な英語を話す愛想のいい気のよさそうな若い奥さん(?)が一人で応対に追われている。昨日は、ワットが日本人と間違われ、横着な彼はそのまま英語で対応しているので可笑しかった。
*地図がタイ語で困った。あしからず。
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Re:ピクニック
入道雲、大きな亀が空に上り、今にも飛び掛ってきそうですね。
喜界島でも、こんな大きな入道雲見たことがありません。
それから トラ 怖いですね。それにしても隣の日陰に居る人は
のんびりとして休んでいますね。
ガッカリ晩餐会
5日の最後の晩餐は散々だった。「最後の晩は日本料理にしよう。サケも飲もうね。うーオイシイ、オイシイ。」そういってワットがおどけたのは数日前。
出がけに、ホテルの人とも、ハイヤーの運転手ともオイシイ話をしているので、聞いてみると、オイシイは日本食の代名詞になっていて、誰でも分かるとのことで納得したのだった。
日本人従業員が「いらっしゃいませ」とにこやかに出迎えてくれる本格的な日本料理店を想像していた。値段が張るのは世話になったのだから覚悟の上だった。そして「インドネシアでの十日間のミーティングに出席した際に買った」と言って、数日前にもらったばかりの長袖の立派なバティックのおみやげを着込み、髪も整え晩餐会に備えたのだった。「ワーよく似合うよ」とワットも喜んでくれた。
ところが、三十分ほど走って着いた先の様子がどうもおかしい。「ホテル?」「違う、違う。シーコムスクウェヤーだよ。」人気の場所らしく多くの人で賑わい、モールのようだった。いぶかしく思っている間もなく、「ここだここだ!」ワットが勇んで店の前に立った。オイシイが「OISHI」という店の名前であることがすぐに分かった。しかも、日本食ファストフード店であることも店の様子からすぐに分かった。気が抜けるとはこのことだ。
「サケがないね。」メニューをめくっていたワットが悲しそうに言った。それよりも何よりも、こんな店に連れてきたりして「そんなもんあるわけがない!」期待を裏切られた怒りを口にしたいところだったが、そこは紳士的に「ガッカリだね。」その上、寿司らしい寿司もなく、いろんな種類のそばやらラーメンのメニューばかりに失望が倍加。選ぶのをやめ、腹立ち紛れに目に付いた一番高い「うなどん(159バーツ=約477円)とビール(45バーツ=約135円)!」二人は50バーツかそこらの焼きそば。結局四本のビール代と合計約600バーツの晩餐会となった。もっとも、出費が十分の一で済んだのは何よりだったが。
しかし話はまだ終わらない。店を出ようとしてふと見ると、ラップのかかったお持ち帰り用の寿司が何種類も並べられているではないか!「何だここにあったんだね。いや実はボクも初めて来たもので、ゴメンゴメン!」ワットが謝った。「二つ目のガッカリだね。」「いやーホントにすまなかったね。」笑いながら店を後にした。
中を一巡りして帰ろうということで衆議一決。ところが、三つ目のガッカリがすぐに現実となった。なんと、OISHIのすぐ隣には、先よりはかなりましな店があって結構賑わっていたのだ。しかも、ここならサケも用意されていそうな店構えだ。今度はワットが「三つ目のガッカリだね」と言って笑った。ピクニックは百点のおもてなしだったというのに、マッタク!ともあれ、彼とは何があっても楽しい。
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話題は尽きず・・・
お昼過ぎATMへ。帰りしな古雑誌回収中の○○○リサイクルの車に遭遇。しかし、車はアイドリングのままだった。ハテナ?
ひいきにしている焼酎メーカーが製品を自主回収。三億円の損失とか。「毒ではない」というのにどうして?ボロ儲けしようという販売元の魂胆は赦せないが、かといって焼酎製造元がどうして自主回収?回収後廃棄処分?もったいない!回収した分を貰えないものか?日本人!どうして!こんなにも律儀なのか!人気のあの銘柄。これで愛好家離れが起こらないことを祈るのみ。
久しぶりの教区司祭会議。議題ではなく、話題が六つ。終身助祭の件、教区評議会のことなど話題満載。4時からの二時間休むこともなくあーでもないこーでもない。みんなに諮れば何かが生まれる。信頼に賭けた仲間の意見に傾聴。小さな教区の模索は続く。
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久し振りにシドニー
北京ではパラリンピック。日本では、「田澤10億円」メジャー争奪戦を報じるとスポーツ誌。テレビでは台風十三号。どちらもそんな話題とは無縁?なボクの現実。
ワールドユースデー反省会。シドニーでの二週間(A日程)と一週間(B日程)を日本の若者たちはどう過ごしたのか。約一ヶ月後の今日、「その後の若者達の今」とともに各地からの報告。それにしても、シドニーでの初めて聞くたくさんの苦労話。そんなことなど夢想だにしなかったアシスタントたちのからだを張っての奉仕。ホテル暮らしのボクにはことばがなかった。今更ながら若者たちと共に生きる大変さに事の重大さに遅すぎる気づき。2011年のマドリドは8月。今回の倍の参加者が見込まれる。どうなることか。ま、三年後のことは考えないことにしよう。隣のテレビでは卓球の福原愛選手の特集。天才卓球選手の人間としての成長に伴う苦悩。才能に恵まれた人にはそれなりに悩むことが多い。
考えてみると、信者は恵まれた人々と言えないだろうか。それだけに悩むことも多い?それは少し違う。恵まれていることが即悩み多ではない。恵まれているなら悩むことなどない。と思う。しかし、もし、恵まれていることに気がつかないなら話は違う。信者の問題は、まさにここにあるのではないか。恵まれているのに恵まれていると感じられない。だから不平不満が絶えない?だから、不平不満の多い日本社会を変えるほどの恵まれている現実の証となっていないのではないか。いや、そんなに大げさなことではない。自分の現実をよーく見れば、「すべては感謝!」と言えることに気がついたらどれだけ自分の人生が豊かになることか!
今日は少し深刻になり過ぎたようだ。「小さな自分で一生を終わるな!」(三笠書房)のせい?しかし、愛ちゃんは言ったという。「勝ち負けはともかく笑顔で・・・」確かにどんなときでも笑顔で締めくくることが出来たら「終わりよければ全てよし」。
今日のアシスタント達の感想を聞いていてつくづく思った。あんなにも大変なことに遭遇しながら笑顔で淡々と分かち合えた姿こそ信者の鏡。笑顔で淡々と。もしかしたら、信者のキーワード?
あしたからネットワークミーティング。全国の若者達との再会が楽しみ。
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