ぐるり大隈半島
そんな誇り高いバラ園をサンミ神父さんに紹介しないということは面子に関わる。ということで遠出を決意。しかし、フェリーを降りて小1時間で着いた。ゴールデンウイークの始まりとあってはさぞかし駐車場探しも難儀なことだろうと思いきや。広々とした駐車場が完備。10年前とは雲泥の差。当時は道路わきに止めたり苦労した記憶がある。なるほど日本一を誇るだけあって駐車場は鹿児島中の車が来ようが楽勝。それほどのゆとりに一安心。
600円の入場料で世界のバラが堪能できる。ワクワクしながら入ってみた。順路にこだわってきょろきょろしたが直ぐに気持ちを切り替えた。見たいところから見ればいい。気の向くまま歩き出した。サンミ神父さんは早速パチパチと激写。しかし、やはり皆さんとは逆行しているようだったが・・・。ともあれ、10年前とは確かに一味違うというか、2倍にも3倍にもなったようで見て回るのに1時間。ゆっくり鑑賞しながら行くと優に2時間というところか。
「黒いバラはない」というがボクもサンミ神父さんも「写真で見たことがある」それだけは不本位だったが、二人とも大満足。
お昼はラーメンと決めていたがふと思い直して回転寿司へ。「いつかテレビで見たことがる」日本の遊び心一杯の文化も堪能。ここまで来たら、「ボクの前の小教区を見せたい」。アイスクリームのお土産持参で抜き打ち訪問のサプライズに「エーッ!」「27才ですか?・・・エーッ47才?!ワカーイ!」サンミ神父さんは本気で嬉しかったらしい。「是非一緒に写真を!」「エーッ!」ビックリしながらも、しっかりツーショットに収まった。
いくつもの「エーッ!」の中でのしばしの歓談の後、「ここまで来たなら・・・」ということで高千穂牧場へ。久しぶりにアイスクリームを口にした。確かにおいしかった。しかし、かねて乳製品を拒絶している者として幾ばくかの後ろめたさも。ともあれ今日は大隈半島を制覇した?バラ園の全景を動画で紹介するつもりだったが明日に延期。悪しからず。
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イフガオミッション⑥
おとといの晩、夕食直前テーブルにどこかで見たような一枚の写真。「はてな?」「キアンガンだよ」「そうだそうだった!」
「庭の写真を持ってきて欲しいということだったが、写真を撮れなかったものだから・・・」サンミ神父さんが壁に押しピンで留めてあったものをはずして持ってきたのだと分かった。そうだ、イフガオの話はまだ終わっていなかった。第二次大戦の秘話、それはまさに悲話なのだが、が残っていた。
昨日は一日大隈半島を回ったので書けなかったが今日はディノ神父さんと指宿のフィリピン共同体に招かれたのでちょうど良かった。第二次大戦中の悲話には事欠かないと思うが、ここキアンガンでも例外ではなかった。
どういう動機でかは聞く気にもなれなかったが山深い平和な村に銃声がこだまし阿鼻叫喚の地獄絵が繰り広げられた。遺体は無造作にトラックに投げ込まれ、なんとこの教会の庭の一角にまるでゴミのごとく放擲(ほうてき)されたという。いつだったかはこれまた確かめなかったが、掘り起こしてみてもすべて土と化して遺骨収集はかなわなかったという。しかし、それらしい記念碑はない。「ボクも協力するから是非建てたほうがいい」そう提案したら信者たちに話してみるということだったが・・・。サンミ神父さんも「そう思う」とは言ったものの、どこでもそうだが、特に貧しいこの地域では先立つものがままならなかったに違いない。
それにしても、あの晩集まったサンミ神父さん率いるおじさんたちのキアンガン・バンドの面々。演奏後の人事のようなあっけらかんとした証言は一体なんだったのか。ボクに遠慮してか、それともすでに戦争を知らない世代のせいか、はたまたアルコールのせいだったのか?いずれにしても、身の毛のよだつような過去を封印しているわけではあるまい。「戦争はみんなをおかしくさせるから・・・」と誰かが言ったようだったが、やはり受け継がれた信仰の故なのかもしれない。
ともあれ、小さなものでいいから、こちらから積極的に建立を働きかけたい。かつて、日本人のために立派な黒御影の慰霊碑をかつての戦場に建てたのとは逆に、日本人の応援で現地の人々のための慰霊碑を建てるのはある意味当然ではないか。同意される方は下記口座に郵便振替で振り込んでもらえると嬉しい。
「17800-5231401 アジア会」
20年余り続けているアジアの友達を援助するために始まった大きい名前の小さな基金。会計報告も領収証もない。サンミ神父さんもこの基金から支援していた。
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久しぶりの小教区
サンミ神父さんは昨日指宿の砂蒸しを体験したと言って喜んでいた。新しい日本体験がまた一つ増えたことになる。今日もディノ神父さんと垂水教会でのミサに出かけた。やはりフィリピン人共同体との楽しいひと時も待っている。いつもは静かな教会が華やぐことだろう。今朝のミサは7:00のザビエル。30数名弱の参加。この時間帯のミサは意外と人気がある。かつての志布志や種子島だったら「今日は多かったね」と挨拶が交わされる数だ。それぞれに新しい主任司祭を迎えて活気付いてくれるといいのだが・・・。さてと、また巡業に出かけるとするか。
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友情は海を越えて
3日から5日までのME(マリッジ・エンカウンター結婚の出会い)は6組の夫婦を迎えてボクにとっては初めての関東出張で感動の3日間だった。5日のミサで終了。
人々は連休に浮かれているというのに小金井「の黙想の家で48時間。夫婦とは何だったのかを改めて見直す超真面目なプログラムと格闘した。しかし、それなりに実りは大。日本中の人々が連休で消費した肉体的経済的損失?に比べたら計れないほどの豊かなものを得た。これほど有益な連休の過ごし方をかつて考えたことがあっただろうか。参加者一同そう思ったに違いない。バチカン公認の活動団体として認めてもらうための働きかけがなされているようだが当然だ。
大学の先生であろうが神学者であろうがMEのプログラムに参加した人々をとりこにする秘訣は夫婦たちの婚姻の秘蹟に対する純粋な信仰というか、婚姻の秘蹟を生きている事実そのものにある。教会の命を生きている夫婦のありのままの姿を誰が否定できよう。今回も、ボクにとって彼らとの48時間はまさにクオリティータイム(上質の時)だった。
司祭たち皆に体験してもらいたいと思うのだが司祭という種族は頭での信者であるためなかなか。司祭にとって夫婦たちとの出会いが実は一人の人間としての自分自信との出会い、ひいてはそのことが司祭職の究極の目的を指し示してくれることになるとしたら・・・。
毎回のことだが、配偶者がお互いに素直になっていく姿を見るにつけ、このMEのプログラムの福音的価値というか、このプログラムに働く聖霊を実感できる喜びは筆舌に尽くせない。神様が出会わせてくださった夫婦の秘蹟的力は絶大。一組でも多くの夫婦や司祭にこの体験をしてもらいたいと思うのだが・・・。
5日の夜は千葉の夫婦の家にお世話になり、6日は先輩司祭の教会でお世話になった。主任司祭と園長先生。かつての自分とは比べ物にならないほどのゆとりにジェラシー。「ここにダバールがある。読んだらいい」と手渡された「かぎりなくやさしい花々」(星野富弘著)を電車・飛行機で読了。
4:30帰着。6:00サンミ神父さん送別会。いかに盛り上がったかは動画でお分かりかと思う。
「私たちの友情は永遠!」サンミ神父さんもかなり酔った。
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MEについて
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二つのビッグニュース
一つは昨日の「大口教会献堂50周年」12時20分教会着。おしゃべりしていたらあっという間で、途中で「ソバでも・・・」と思ったが後の祭り。
「お祈りし過ぎていいお天気過ぎました」久しぶりにお会いしたシスターが笑った。ホント真夏日だ。
「おめでとうございます。いい天気でよかったですね。すごいたくさんですね。」喜びのときの挨拶はやっぱり滑らかだ。そんなボクに「400名です!」まるで大変なことを報告するかのような主任司祭の真顔がおかしかった。その理由は後で分かったのだが「予想の2倍もの参加者」に困惑したらしい。ボクだったら嬉しい悲鳴に「凄いでしょう!」とハシャグところだが、さすがに謹厳実直なドイツ人だ。
聖堂内の160名以外は外の仮設テントチャペルで文字通り幕屋でのミサ。ドイツ本部からの二人のお客様を含め教区在住の全会員に加え教区司祭も多数。明光生二人を含めた侍者団は50周年の重みを噛みしめているかのように粛粛と役割を果たしているのが印象的だった。
パーティー前の挨拶に立たれた市長さんは貴公子。上品な身のこなしと訛のない滑らかな、知的にも洗練された挨拶。「明るくて謙虚な教会の皆さん」との評価も嬉しかった。明光生のブラスバンドに和太鼓とアトラクションも多彩。それに劣らず多彩なメニューを誇ったのが薩摩黒豚をはじめプロ集団による出前。2:30という遅いお昼のビールが臓腑にしみた。
帰りは貸し切りバスに便乗。残ったご馳走が運び込まれての揺れる車中での二次会はかなり効いた。鴨池教会からはなんと89歳の勝久さんの運転で帰館。思いがけないサービスに大感激。全く危なげなく若々しい運転に感激はダブル。シャワーをする間もなく「宣教学校」終了の夕食会会場へ。一応教区主催ということもあって、はるばるメキシコからの講師とお世話の司祭に一言の挨拶がしたかった。参加者の声は前評判どおり「最高!」もう次回の開催を楽しみにしているようだった。またしても神さまが新しい風を送ってくださったようだ。
今日の午前中は面談に次ぐ面談でお昼は12:30。午後、気がかりな墓地整備の資材購入。今回でほぼ半分ほど仕上げた。二つ目のビッグニュースは教会墓地跡を巡って。夕方5:00。教会墓地跡整備の打ち合わせ。その直前にビッグニュースが飛び込んだ。教会墓地の始まりを記す資料が見つかったのだ。「鹿児島教区宣教歴史資料集②」だ。「墓地を買ったのは1923年のことで、その年の11月4日墓地が祝別された」とあるではないか。「・・・石造りの美しい十字架が建てられました」と続く。大正12年、86年前!集まった四人に早速コピーが配られた。やはり彼らの一人による「墓地の現況図」のコピーを前に一時間半の打ち合わせ。放置墓石を利用した祭壇も欲しい。墓地の由来も記そう。勢いづいたところで整備開始の鍬入れ式を今月31日午後1:30と決定。雨天決行。重たい歴史の扉も思いがけないところからスッと開かれ、聖地誕生への弾みがついた。
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今日もサプライズ
終礼のため事務所に下りて驚いた。「草牟田の墓地を大切にしましょう」教区報の見出しに目を丸くした。もう6月号?
1974年4月1日発行の縮刷版のコピーと分かって、更に驚いた。35年前にも動きがあったのだ。改めて本文に目をやると、あの縦長の分厚い大理石の墓が雑草に覆われている写真も。写真の下には「何とかしなくては!」ということで市内の各教会ら40名ほどの信者に数名の司祭も加わって清掃作業がなされたらしい。
しかし未だにそのままだということは、特別の進展はなかったということになる。「心ある人の力を合わせて」という副題がわびしさを増した。「足元の信仰の先輩の地、草牟田カトリック墓地が忘れられていないか」との声が上がったのだという。墓地跡の整備が終わったときの教区報にはどんな見出しが躍るのだろうか。
ひとしきり感慨にふけって再度コピーに目をやって思わず「懐かしい!」「鴨池教会青年会新役員」の面々。72.73と指を折ってみた。「あのときの会長に副会長に三役そうそう、いたいた・・・」35年の時空を越えて当時の若者たちの顔が目の前に浮かんだ。一人は早々と旅立った。
74年といえば、奄美を離れて鹿児島に赴任した年。もしかしたら、あの時、「草牟田墓地清掃」耳にしたのかもしれないが全く記憶にない。ともあれ、昨日判明した「墓地購入」の怪。「購入したのなら永代使用料は不要では?」それに、唐湊墓地への移転日も特定したい。封印されかけた教会の歴史の一部が日の目を見るのも近い?
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知的に?午前中
とりなしとは?午前中、翻訳の添削?作業。添削の添削が必要だとは思うが、何しろ素人だけでの作業なので思うような日本語にならないもどかしさはかなりのストレスだ。
それでも、聖霊のど真ん中でドップリ浸かって生きているシスターの話は妥協することなく迫ってくる。そんな中で今日は楽しいエピソードを披露してくれた。もっとも彼女の創作なのだが・・・。
「あなたは今夕餉の支度に取り掛かっています。そこへ突然小さな子供たちがやってきて『ママのお料理手伝う』と言う。あなたは、はいはいと準備を整えお手伝いに応じます。やがてご馳走も出来上がり食事の支度が整ったとき、あなたは後にも先にもかつて味わったことのないご馳走を目の前にすることになったのです。子供たちのお陰で。」(意訳)子供たちがママに聞くこともなく勝手にやったから、というわけです。
そんな話を聞いた一人の男性が言いました。「シスターの言わんとしていることは良く分かる。ワシは溝堀の仕事をしているが、ある日親方に聞くこともなく勝手に掘ったことがある。同じだね。」
みんな善意だが神のご意志をうかがうこともなくただ祈ればいいというものではない。神に聞くこと。私たちがすべきことはそれだけ。後は聖霊が助けてくださる。ウーム!と言うことは、ボクは先ほどのご馳走を台無しにした子供たちや溝堀おじさんのよう?
追い討ちをかけるかのように、「わたしたちは神様のご意志を分かることができます」と断言されると「神様は奥が深くて・・・」と困惑することの多いボクのウームはダブル。もっとも、鹿児島にはシスターの弟子たちがいてくれるので心強いのだが・・・。
二日走った後の今日はお墓整備ウォーキング。久しぶりに城山の自然遊歩道を通って帰った。ほのかな香りに見上げると薄紫のセンダンの花らしいのが木の葉隠れに見えた。しばらく行くと今度は白い花。これは、なんとあのショウベンノキ。かわいそうに花で汚名挽回?足早に初老の男性を抜いたら「お元気ですね」と声がかかった。さてはボクの白髪頭を見て「ワシより上」と思ったらしい。思わず足を速めている自分がおかしかった。
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感動三つ
今日も特別の予定もなく翻訳に目を通した。しばらくして携帯が鳴った。国番号82。「韓国の志願者だ!」いや、志願者たちを支援するソウルのフィリポさんからだった。
7月に鹿児島に行きたいとのこと。大歓迎だが、何よりも驚いたのは鹿児島で司祭を志す4人を支援する後援者が15名にもなったという。まだ増えるはずだとも。一人百万ウォン(約8万円?)を出し合って日本語検定2級を目指す学費に当てるのだという。「彼らはお金がないので」なんとしてでも夢をかなえてあげたいのだという。淡々と語るフィリポさんに気負いは感じられなかった。さる3月24日、「事情もよく分からないまま乞われるままに通訳を引き受けただけだった」のに後援会長にまでなってくれたとは!まさに神さまのお計らいとしか言いようがない。
終礼後久しぶりに川下コースを歩いた。すっかり完成したふるさと維新レ視散歩道を通り抜けた。三越にはシャッターが下りていて胸が痛んだ。本屋さんで「ファーストレディーのスピーチ」購入。早速、付属のDVDを見た。選挙運動中のものらしかったがこれまた感動。涙したことも。
「シカゴの貧しい地区で育ち公立校を卒業。今の自分があるのはあの時すばらしい学校と先生たちに恵まれたから。何よりも貧しい父親の勤勉さに学んだ。家族のため子供のために自分を犠牲にてし二人の子供を大学にまでやってくれた。若者たちが、ダメ、無理、早すぎるなどのメッセージの中で生きていないか。わたしも同じ事を聞かされた。しかし今ここに立っている。」
後ろの支持者たちが総立ちになって「WE CAN CHANGE」と書いたプラカードをかざして拍手に歓声。そして主人のバラクが同じような貧しさの中で育ったことを話した後で「皆さん想像してみてください。そんなバラクが聖書に手を置いて宣誓している姿を!」またも総立ち。結局そうなった!変わるためには自分を犠牲にすることが必要!ちゃんとチャレンジもあって、夫婦そろって名スピーカー。アメリカだけでなく、世界が変わるかもしれない。ふとそう思った。
冬を生き抜いて青々と葉を茂らせた街中の街路樹が蘇った。世界を変える。MEの合言葉にもなかったっけ。
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