カトリック学校は主の畑
午前10:00、大口明光学園創立50周年記念ミサ。20名ほどの司祭と共同司式。関東から沖縄に至る日本各地から卒業生やその家族たちが集まった。
学園のモットーは「愛と奉仕の精神」だそうで在校生と卒業生の各代表の挨拶に何度も引用された。英語に力を入れているようで卒業生の中には海外で活躍する人も多いという。驚いたのは、小規模校でありながら本館の建設に続いて巨大な体育館まで建設する実力だ。まさに小さな巨人。
ほとんどの卒業生が4年制大学に進学し近隣の公立校の比ではない。「空港からタクシーで1時間もかかる田舎の高校にどうしたらこんなに優秀な子供たちを集めることができるのですか?」学校運営のアドバイスに来校した私学共済本部職員が進学状況を知って驚いたという。もっとも、それは先生たちの献身的な指導の賜物だということだが。
ともあれ、内外の高い評価が生徒増につながって欲しいのは山々だが、それにも増して福音の心を生きる人材の輩出こそカトリック校の使命。校長先生からの電話によると先生たちがミサでの話を喜んでくださったという。福音の心に開かれた感性を持った先生たちに期待したい。
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タイの殉教祭
10月23日(土)タイ東北の村ソンコーン((ムクダハーン郡)での殉教祭の様子を少し紹介して旅の話を締めくくりたい。
今日は7人の殉教者列福記念日。メコン川に近い片田舎の殉教地は朝からバスを仕立てて各地からやってきた信者たちでにぎわった。その数およそ3000。ターレ大司教区のルイス司教様とともに記念ミサ。司祭たちはおよそ30名。
ミサ後、7名の殉教者の遺影を埋め込んだ記念の十字架を7名の司祭と司教が奉じながら、大聖堂正面約300m先の7名が殉教した場所まで盛大な行列。二人の司教には傘持ちが。炎天下の中、ほかの人々には気の毒だったがおかげで日陰を行くことができた。ここでも司教への特別待遇に甘んじることに。殉教者たちをたたえる大きな記念碑(聖堂内祭壇右下に安置された聖櫃)が殉教地に奉納されて行列は終了。
ヤレヤレと汗をぬぐって帰りかけたと思ったら、手にした十字架と司教の指輪に接吻する人々の波に飲まれた。行く手を阻まれなかなか開放してもらえない。かねては恥ずかしがり屋で無口、なによりも朴訥なふるさとの人々を髣髴とさせる面立ちの人々であるだけにこうした熱い信仰表現に触れると戸惑ってしまう。しかし、日本の人々の淡白な信仰表現はあまりにもスマートすぎて物足りなく感じてしまう。ここの人々も確かフランス人宣教師を信仰の父としている点に関してはふるさと奄美と同じ。なぜこうも違うのか。
「アジアの文化の中でイエスの物語を語る」という3年前のアジア宣教大会のテーマが脳裏を掠めた。こうした熱い信仰表現はもしかしたらアジア古来のものなのかもしれない。アジアの人々にとって信仰表現はもともと情熱的ではなかったのか。少なくとも、奄美の島歌は搾り出すような裏声が魅力だ。太鼓に踊り、そして六調。感極まったらテンポが上がる。そういう意味では情熱的。信仰も感極まったら体で感じたいと思うのは自然ではないのか。その点、タイの中で最も貧しく素朴な東北の人々はむしろ自然だと思う。
ともあれ、外国の地で地元の教区の殉教祭の三倍あまりの仕事をすることになるとは!
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「多様性の一致」と出会った日
1895年、若干30歳の司祭が、中国宣教を果たせなかった我らがザビエル様の意思を次ぐべく創立したのがザベリオ宣教会。
創立者の名はグイド・マリア・コンフォルティ。1996年福者にあげられた。ザビエル様の意志をついで、というのがいい。来年秋にも列聖の運びという。目でたいことだが、ともあれ、ザビエル様あっての鹿児島の教会。その意志を次いで今度は私たちが宣教の海に乗り出そう!鹿児島教区の心としたい。
明日は創立者の命日、ということもあって宮崎の本部に招かれた。小教区をはじめ、諸宗教霊性交流センターの専従司祭に芸術家に料理人あり、集まった会員はまさに多士済々。「先ず宣教。手段として修道生活。」ここが教区司祭と決定的に違う。つまり共同生活は修道生活の必須条件。だから、小教区で一人で働いていても月に数回は共同生活のため本部に集まる。
一方、教区司祭はまさに気ままな一人暮らし。月一で集まる必要すら感じない。それは仕方ないとしても、教区司祭=小教区司祭、の固定したイメージは如何なものか。
修道会が縮み傾向にある今日、教区司祭のカリスマが「先ず宣教。手段として多士済々」は自然の成り行き?小教区専門司祭に幼稚園、学校に福祉、青少年に外国人、さらに芸術家に音楽家などなど。教区内の幼稚園からシスターたちの撤退が相次ぐ現実を思うとき、教区司祭にもさまざまな専門職がいていいと思う。
そんな思いを強くした一日だった。
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教会の現実もいろいろ
世にある教会の現実を話し合った3日の教区評議会。世にある教会の現実が海を越えるとこんなにも違うことに驚いた。
ここはマレーシアのとある教区でのこと。今信者たちの立ち退き問題で教会が揺れている。それというのも、ある日の昼下がり教区事務所から委託を受けた弁護士から一通の手紙が届いたからだ。「一年以内にここを立ち退いて欲しい。補償額は一家族あたり10.000リンギット(約26万円)です。」
広大な教会の敷地内に貧しい信者たちに居住地が提供されたのが百年前のイギリス統治時代。それ以来低額?の借地料を払いながらそれなりの平和な生活が続いていたのにどうして?明確な答えはないという。以前立ち退いた信者宅跡地にはコーヒーショップができたりしているというから初めてのことではないらしい。だから、信者たちが「教会がお金儲けをしようとしている」と反発するのも無理はない。
この記事が目に留まったのにはもう一つの理由がある。3年前だったか、バンコク南部にある教区(名前を失念)の司教館で一泊したことがある。司教さんが司教館の周辺を車で案内してくれた。それは領地と呼ぶにふさわしい広大な農地だった。その中には何家族もの信者が住んでいて「彼らは教会の土地に住んでいるので土地代が安くてラッキーです。先代の宣教師たちのお陰です。」こともなげに説明する司教さんにも驚いたが、初めて知ったアジアの教会の一現実に日本の教会との落差の大きさに驚いたものだ。
そんな3年前の体験が蘇るようなマレーシアの教会事情。アジアの国には意外とよくある話?【今日配信のCathNews*Asiaより】
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奄美豪雨災害地を行く
去る7日の徳之島での祭壇奉仕者選任式。終身助祭叙階式の準備の最終段階。「長寿の島ということは高齢化が進んでいるということ」との信徒会長の挨拶にあったように終身助祭候補者は88歳。ギネスブックものだとはお昼のときの誰かの言葉。背筋ピン、目も耳も頭脳も明晰。前日は「大事な式のために」と聖堂周辺の大掃除を一人でやってのけた。ともあれ、午後の飛行機で奄美に渡り、災害の状況をつぶさに視察。その詳細を画像でお届けしたい。先ずは山間教会と西仲勝教会から。
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奄美豪雨災害続報
がけ崩れで寸断された空港への道路は、他の地域に比べてすばやい対応の結果かなり早いうちに片側通行ができるようになったらしい。しかし、崩落した土砂の除去もままならない現状の中で陥没した道路の復旧も手付かず。名瀬―空港間も2分待ちの片側通行が二箇所もある。そうでなくても、小宿―戸円間のように片側通行箇所は数え切れないほどだ。
今回の豪雨で観光関連の打撃も深刻らしい。つむぎのドロ染め用の泥も土砂に埋まり完全復興には数年かかるらしい。母校の小学校では今月28日に創立百周年を盛大に祝う予定だったが記念祝賀会を自粛するというお知らせの葉書が届いた。
そんな奄美を元気付けようと横浜マリナーズが合宿にやってきたり、県としても多額の支援額を決めたという。何よりも嬉しかったのは、主任司祭が先頭に立って浸水した家庭の土砂撤去に駆けつけ人々に深い感銘を与えたという今朝の電話だ。「素晴らしい宗教だ」と目を見張ったという。教区本部にも続々と募金が届けられている。この場を借りて心から感謝を申し上げたい。
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ポー川のひかり
11日の木曜日、久しぶりに映画を見た。ポー川のひかり。
ポー川のほとりに住み始めた「キリストさん」と村人との交流。是非見て欲しい感動作だ。18日までなので急いだほうがいい。www.kagocine.netでも上映時間等確認できる。今年オープンした旧三越跡のマルヤガーデン。
意外とおしゃれな感じの7階の一角にひっそりとガーデンズシネマはある。35?席しかないミニシアター。商業ベースに乗らない名作を格安で市民に見てもらおうというもので1500円。会員になると1000円だ。友人に教えてもらって会員になった。すると隔月でシネマ通信が届くようになった。鹿児島でもこうした上質の映画を見ることができるようになったのは嬉しい。
明日は福者レオ七右衛門の殉教祭。その足で福岡から韓国へ。神学生訪問と後援会へのお礼参り、そして日韓司教交流会。ハイテク社会なのでそのうち会場からお届けします。
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韓国ミッション
14日(日)川内(せんだい)教会でのレオ祭(殉教祭)を終えてあたふたと乗り込んだ新幹線はほぼ満席。乗り継ぎの特急はさらに混んで100%超。いずれも席を確保できてラッキー。
そして、午後10:10ソウル着まできわめて順調。フィリポさん宅に落ち着いたのは深夜過ぎの15日。
初めてのインチョンカトリック神学大学まではちょうど1時間半のドライブ。三人が待ちかねたように出迎えた。無口だが一番センシティブなドミンゴがまるで久しぶりの身内に会うようなしぐさで腕にすがってきた。早速学長神父さんに面会。三人の現状、そして二年後に助祭となるアントニオとドミンゴについてのこれからの予定等一時間ほどの面談は有意義だった。教授陣の7割が三人の総合評価に良をあげているというからまずは安心。とくに49歳のフランシスコは彼よりも若い先生が何人もいるという環境下で首席を確保。順調に行くとして司祭叙階は56歳になる。鹿児島教区の経費軽減のためにと授業料免除の特典が得られる奨学生を目指して猛勉強中というから泣かせる。
冬休みの再会を約束して昼食後神学校を後にした。未来研究所という司牧センターを運営しているというチャイ神父さんを訪問。「虹の原理」という本がミリオンセラーになるほどの超有名人。韓国全土のカトリック、プロテスタント、文学者その他の著名な講演者の中で人気ナンバーワン。約30名の若いスタッフをそろえ、著書は英語、スペイン語その他の言語に翻訳されているという。日本語版はまだらしい。
20分ほどの英語の字幕入りDVDを見せてもらったが力強く明快な語り口はまさに神の人。内容はいわゆるカテケージスだが信者でない人でも涙を流しながら聞いていたのが印象的だった。だれにでも受け入れてもらえる教会の教え。聞く人にそんな確信を抱せることができる現代の預言者。全スタッフの歓迎にも面食らったが両手に余るお土産にも驚いた。だからとうわけではないが鹿児島にもお呼びできないものか。
5:30、神学生後援会長アガタ女史の高層マンション51階の自宅で会員15名ほどミサ。やっと気がかりだった直接のお礼がミサという形で実現できてほっとした。ミサ誤の食事もさることながら、信仰の話がで来たのはよかった。「起きぬけの祈りは感銘を受けました」の感想もうれしかった。帰りしなここでもたくさんの祈りを依頼されガンの人には直接手を置いて祈った。祈りのリストが一挙に倍加だ。
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今の時代は良いなあとしみじみ思います。
どこにいてもどんな場所でも人の大切に思う気持ちは同じだと思います。
手を合わせることのできる場所は,どこでも貴いと思います。