頌春
頌春。毎年の年賀状にしたためた二文字。年賀状を出さなくなって久しい。人並に書いたほうがいいとは思うのだが・・・。
ともあれ、新年おめでとうございます。そして今年もどうぞよろしく。皆さんはどんな元旦を過ごされたのでしょうか。
午前中久しぶりの墓参。「お正月らしいのにしますか、それとも・・・」「普通のでいいです。」しかし、松やマンリョウなどお正月らしいのが生けてあった。暮れに生けてくださったらしい。いつも申し訳ない。普通のを足すと小さな花瓶が花で溢れた。
今回の旧カトリック墓地は帰りしな。なんと、カラスに違いないのだが、祭壇にも周りの囲いにも黒や白の斑点が。まさに傍若無人。水で洗うのに少してこずった。
帰省中らしい家族連れが大勢。「お祖母ちゃんに石を投げたらダメ!」久しぶりの再会にどうして喜びを表せばいいか分からないといった風でみんなの先を行く男の子。拾った小石をポンと放ったらお祖母ちゃんの足元に。すかさずことばを投げる若いお父さんの声に母親をいたわる息子の愛が感じられた。さまざまな家族模様を眺めながら城山の遊歩道を通って帰ると初詣の人の波に飲まれた。
遅いお昼の後、2:30頃だったか、例の自転車でサイクリング。ちょうど1時間。今回は敢えて坂道の多い団地を目指した。ドロップハンドルに慣れてはきたが、やはりフラットがいい。
この数年、恒例となった司祭館でのチーズパーティー。スイス在住でプロテスタント信徒。しかしカトリック教会のオルガニスト。溶かしたチーズをポテトに乗せて食べる。その道具一式も持参。特上のすいスワインが良く会う。僕には年一回のチーズ解禁日。
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新春リベンジラン
快晴の今朝は心が騒いだ。3年前だったか、シンちゃんコーチと霧島バイクランで散々な目にあった。
いかに初心者とはいえ、コースを甘く見すぎた。そのリベンジをしなければ!前回はマウンテンバイクだったが、今回は譲り受けた軽量のレース用バイク。伊集院の経験が大きかった。かなりの坂道でもいけそうな気がしてならなかったのだ。だから、是非試してみたかった。
霧島神宮駅の駐車場に車を置き、玄米弁当で腹ごしらえ。1時半、前回惨敗の高千穂牧場にいたるあの坂道に挑んだ。前回はとっかかりからギブアップ。延々と押し歩きしたあの悪夢の坂道。しかし、今回は、登り口からロイヤルホテルの角まで45分。3回の一時停止はあったもののなんとか歩かずに制覇。リベンジ成功!道具七分、というそうだがまさにそうだと実感。
真冬に滂沱(ぼうだ)たる汗は気持ちがいい。しかし、下りは予想通り苦戦。寒いのだ!風を受けるとたちまち汗は乾き、震えが出た。そこで一計を案じて、神宮を過ぎた後の下りは、下車。つまり、押し歩き。いや、引き歩きといったほうが正確だ。走ったり歩いたり。神宮参りの長蛇の列の車から見れば奇異に写ったかもしれない。しかし、あの坂道を制覇したことで、悪びれることはなく、大手を振って堂々の歩き。結局1時間とちょっとで神宮駅に帰りついた。次回は、シンちゃんコーチになんとかついて行けそう。
帰りの渓谷温泉がぬるく感じたのは体が冷えていたから?箱根駅伝は往路、今年も東洋大が優勝したらしい。明日は、復路。ボクは桜島ハーフの下見ラン。
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櫻島下見ラン
正月3日午後2時15分。桜島温泉センター(というかどうか)駐車場から桜島マラソン(というかどうか)コースに出発。
本命はハーフだが今日は10キロだけにしようと決めた。平坦道が続く走りやすいコース。真ん中あたりの道路わきに“Watch out!”の小さな黄色い警告板。場違いな感じもしたが、酔っ払いなら転落の可能性もあるかもしれない。しかし、酔っ払いの日本人が読めたものか。ともあれ、一瞬ここはアメリカ?
しばらく行くと[ラ5k]のこれまた黄色の暗号めいた文字。ランニングコース5キロ地点、と理解してUターン。フェリー乗り場辺りが出発地点。ゴールはフェリーを出てまっすぐの道路をあがって右折して陸上競技場、と聞いていたので真っ直ぐのゆるい坂を上ることに。車で走るのとでは大違い。上りきるまでなんと2.2キロ。結局14.4キロ走ったことになる。
汗をかいただけに、帰りの下りは風を受け、ほてりがさめて寒い!気がつかなかったが、競技場が温泉センターの目の前だったことに驚いた。ともあれ、鉄分が強いらしい茶色の温泉に冷えた体を沈めると、そのまま湯船で寝入ってしまいそうだった。
それにしても、桜島がいかに人に優しい島か気がついた。車道と歩道の段差も歩道と歩道の段差もゼロ。歩道に自転車専用の通行帯を設けたミュンヘンの町が思い起こされた。文化都市とは、立派なナントカセンターがあることだけでなく、暮らしやすい環境が整備されていることだと、誰に言うともなく声を大にしたい。向いの町が見える湯船に浸かりながら思うことだった。
こうしてボクの正月が終わった。
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ランニング
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新年慶事二つ
知り合いのご住職から新年号の通信が届いた。詳細は省くが、巻頭言のタイトルは遇一行修一行。
一行に遇(お)うて一行を修す、つまり、「自分の出会うところで精一杯学ぶ、何かがそこで説かれていると受けとめる生き方」とあった。パトカーとご対面されて9千円の罰金を払う羽目になったご自分の体験談に思わずクスリとしたが、さすがにご住職。ご自分の多忙な生活を振り返り、果はご自分の「傲慢さと自信過剰」へも言及され、多くのことを思索され、結局、不本意な出来事を学びのときとされたことに感服。ホントに正直なご住職だ。それにもう一つ、「袖刷りあうも他生の縁」が「・・・多少の縁」ではないことも教えてもらった。新年の慶事の一つだ。
4:00、連合壮年会主催“神学生、志願者を励ます会”のミサ。信徒の皆さんがこんな企画をしてくれるのが嬉しい。良かれと思うことを自由に企画実施できる雰囲気は大事にしたい。生きている実感がある。ミサ後ホールで茶話会。我らが小神学生も挨拶に立ったが、高2とはいえ、背も伸び、話し方もすでにダイ神学生。中一のシスター志願者もこれまたしっかり者。「こんなにも家庭的で多くの方に支えてもらっていることを心に留めながら頑張って欲しい。」先輩シスターからの励ましのことばも嬉しかった。
6:00司祭団新年会。9:30にお開きとは模範的?
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宣教巡礼を目指す
巡礼証明書が届いた。と言っても暮れの頃だったか。夏に若者たちと歩いたサンチャゴまでの100キロ巡礼。
テーブルの上を片付けていたら出てきたので改めて手に取り文面に目をやった。「・・・世界のあらゆる場所から・・・当地ならびにスペイン全土の守護者である聖ヤコブが眠るこの地まではるばる訪れた者たちは、神を敬い、神に誓いを立てるために巡礼をしてきた。・・・」との訳が付されていた。巡礼の定義が記されているようで少しギクリ。そして、スポーツ巡礼などと冗談をいいながら競うように歩いた不謹慎さを恥じた。
「神を敬い」はともかくとして、果たしてボクは「神に誓いを立てるために巡礼してきた」のか?
そういえば、韓国では、洗礼を受けた人なら一度は巡礼するといわれる聖地がある。韓国カトリック発祥の地チョンジナム。そこで、一人か二人教会に導くことを誓うのだという。韓国教会発展の一つの秘訣に違いない。神の国を築くための同行人を自分の手で呼び集めるという誓いこそ宣教でなくてなんだろう。
ザビエル様上陸記念碑に巡礼して誓う。鹿児島でもそんな巡礼を推奨したいものだ。そんな宣教巡礼こそ、ザビエル様の御意志を継ぐもの。遅きに失した感は否めないが、あの時、ノベナの祈りを知っていたら、と思う。具体的な誓いを立て、集中的に祈れたはずなのに。
ともあれ、明日は主の御公現。3泊4日の韓国叙階式巡礼に発つ日だが、韓国の教会に倣って、一人一人が祈りの人になり、そうして一人一人がカトリック発祥の地となります、と誓えばいいのかもしれない。
二人の準備の黙想も大詰め。残された二日間いい準備となるよう祈りたい。
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Re:宣教巡礼を目指す
キリストの兵士たち
ネー、ヨギ アラッスムニダーッ!ハイ、ここにいます!という意味の韓国語。一月十日(火)午後二時開式のインチョン教区叙階式。
約一万の信者で埋まったプジョン(富川)市の巨大な体育館に助祭候補者一五人の力強い返事が次々とこだました。続いて司祭候補者一五人も。大きな返事に驚いたが、スッと立ち上がり、つかつかと祭壇前にすすむ姿は、まさにキリストの兵士としての心意気に満ちていた。全員が兵役体験者だけに、緊張の中にもきびきびと行動しながら実戦配備につく兵士の姿と重なり、思わず胸が熱くなった。もちろん、その中には我らがアントニオ・チョン神学生とドミニコ・ソン神学生もいたのは言うまでもない。
感動したもう一つの理由は、神学一年の夏休み前に行われた着衣式となる剃髪式を思い出したからだ。真新しい黒のスータンを両手で携えて祭壇前に立ったのは5人だったか。「司祭を志す者は一歩前に出なさい」との呼びかけに「アドゥ スム!」(ラテン語。私はここにいます=ハイ!)と答えて一歩踏み出した。心が激しく震えた。それは、私にとって取り消すことのできない神への宣誓に等しかったからだ。四年後の司祭叙階式でも同じ返事を求められたが、それは前回の更新に過ぎなかった。
あの一五人もきっと同じ胸の高鳴りを覚えていたに違いない。とくに鹿児島教区の二人にとっては、年齢制限のこともあって、韓国での司祭職への道が閉ざされていただけに、長年求め続けてきた司祭職が現実味を帯びてきたことに感慨深いものがあったに違いない。司祭を敬う心が日本以上に強い風土にあって、家族の皆さんにとっても喜びひとしおだったに違いないということは、五十名も来て下さったことでも分かる。
「来年の司祭叙階式には是非行きます」という姪御さんをはじめ家族の皆さんをどうお迎えできるか、早くも心が引き締まる思いだ。しかし、叙階式巡礼参加者が、徳之島、奄美、鹿児島と全教区に及んだので、みんなでお迎えできる体制がすでに出来上がっているのは嬉しい。韓国教会の熱い信仰と出会えた恵みの巡礼に感謝。
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韓国教会悲話
1592年。キリスト教がはじめて韓国にもたらされた年。殉教地切頭山でのガイドさんの説明に思わず顔を上げた。
韓国の人からこの話を直接聞いたのは初めてだったからだ。信者でないガイドさんだから聞けたことで、秘められていたことが突然目の前にあらわにされたような驚きを禁じえなかった。それには少し説明が必要だ。
韓国とのお付き合いは、旧知のME司祭や夫婦が多いこともあり、近いところでは日韓司教交流に神学生と渡韓の機会も多く、親密さを増しつつあり、20年を優に越える。そういうわけで、いつの間にか、韓国カトリックの歴史についても既知のこととして話題に上ることもなくなっていた。それだけに、ガイドさんの説明は期待していなかっただけに、韓国教会の始まりについての関心を再度一気に高めることになった。
話として聞いていたのは、韓国のキリスト教については、豊臣秀吉の朝鮮出兵に従軍したキリシタン大名小西行長が司祭を同行させのが始まりで、中国から宣教師が招かれたのが始まりというわけではない、というものだった。
そこで少し調べてみると、彼は従軍司祭であって、韓国人に宣教したわけではなく、いわゆる宣教師ではなかった。したがって、そのことをもって韓国での宣教開始とするには難がある。「もたらされた」という言い方も誤解されやすい。むしろ、「キリスト教が韓国に入った」というほうが正確。しかし、小西行長は現地で養女を迎え、彼女を庇護して教育をほどこした。彼女は養父にならって洗礼を受け、それが、あのおたあ・ジュリア。おたあは日本名でジュリアは洗礼名。韓国で最初の受洗者。話が繋がってきた。
彼女は戦いの集結と共に日本に引き揚げた小西行長と共に国を離れた。このことは、一つの出来事として語られるだけで、その後、キリスト教が韓国で語られることはなかったようである。もっとも、ずいぶん前のことになるが、韓国には豊臣秀吉の子孫と名乗る人々がいるというテレビ番組を見たことがあるが、気になる話しではある。いずれにしろ、韓国教会の始まりは、やはり、あの発祥の地とされる天真庵(チョンジナム)に集った儒学者たちということになる。用事の合間に、半日かけて調べた今日の結論。
蛇足だが、ガイドさんによると、1866年、切頭山で首をはねられた信者は2,000人ということだったが、かつてボクが聞いたのは7,000人。今日出てきた数字は司祭も含めて9,000人。漢江(カンコウ)が血に染まったというほどだからおびただしい数の殉教者が出たことは間違いない。歴史が動くときは悲劇も多い。改めて犠牲になった命の尊さに合掌だ。
調べものをしながら書くブログもはじめてだ。
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お忍び宣教
助任司祭の頃から懇意にしているかつての青年から別荘を購入したという話を聞いたのは昨年の春?是非一度見に来てくださいとの招きを受けながら応えることができないまま年を越してしまった。
13日、そんな彼から二人だけでの新年会をしたいとの電話。久しぶりとあって、会話も弾み、やがて宴も佳境に。そして、お暇なとき是非一度、と再度の招き。カレンダーをみると15日は「予定されている予定はありません。」「明日行こう。日曜日にミサもしよう」と話は早かった。
翌日14日の昼下がり、ゆらい愛でのミサ、会食、講話の後、迎えの車で吹上浜が近いという別荘へ。途中、彼の友人が経営する窯元に立ち寄った。その作風の特異さにも驚いたが山林の起伏をうまく利用した屋外に点在する展示所も独創的。夏に一日黙想に再訪したいと思った。
そんな個性的な窯元を見学したこともあって、彼の別荘にも似たような環境を重ねながら、楽しいおしゃべりドライブの後で見た現実に、気が抜けるほど驚いた。明るい田園地帯の通りに面した小さな団地の一角。ゆったりしたベランダ付きのかなり大きい和風の平屋。草刈機を購入したと聞いていたが藪はおろか木立すらない。ひとしきり、大いに笑いあって、奥さんを残して温泉に。
明けての今日は雨模様。先ずは三人でミサ。仏教徒ばかりのこの地域でミサが捧げられるのは恐らく前代未聞。小さな教会の始まりになることを願いながら地域を捧げて祈った。最近、ふとしたことから、毎朝ミサに行くようになったという彼の聖なる試みもノベナの祈りの成果だと一人「神に感謝!」ともあれ、今度は、ふとした思い付きが習慣へと深化するように祈ることにしよう。
10:30、笠沙方面へドライブ。加世田の真西、小さく突き出しているのが野間半島。その付け根にあった。ボクには未踏の地。鹿児島の秘境かと思えるほどに遠く、道路の整備がすすんでいるとはいえ、車が離合できない旧道は椎葉村を思わせた。しかし、小さな島が点在し、景観は優れている。かなり大きな瀬渡し船が2隻係留されている船溜りの景観は動画に収めた。
立ち寄った小さな市場の隣はホテルだと聞いて思わず「誰が泊まるんですか」と聞いてしまった。「観光客です。」怪訝な顔の店のオバサンが答えた。「エッ、観光客が来るんですか!?」あやうく口に出すところだった。同居の司祭たちが好きなふりかけを3袋買った。川辺の道の駅で食べた手打ちそばは生節ダシで絶品。名物の豆腐二丁購入。
3:00帰館。
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偶然カトリックの教会を見つけマリア様に手を合わせてきました。
とても嬉しかったです!