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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。
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若者たちへ

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若者との分かち合いを願いながら書きます。意見、異見などの反応はコメント欄にどうぞ!

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シャイ君のこと

by admin posted at 2007-08-17 22:01 last modified 2007-08-19 19:15
教会境内(カナダ・ケベック州)

サッカー選手退場

シャイ君と気軽に名を読んでも、実は面識はない。実は、弟のように可愛がっているバギオのピーターから時々”いいお話”が送られてくるのだ。9月8日の愛の聖母園中高生の一日黙想会を頼まれていたので

月末の出張その他を考慮して暇な時に準備しておこうとけなげな心構え。ふと、ピーターからの”いいお話”を思い出したので、二つほど日本語にしてみた。使えそう!なので、ほんの少し紹介したい。

シャイ君は知的、身体的障がい児。ある日シャイ君はお父さんと公園を散歩していました。見ると、シャイ君の友達が野球に興じていました。シャイ君はお父さんに聞きました。

  • 僕も仲間に入れてくれると思う?

お父さんは、それほど期待もしないで一人の少年に聞きました。でも、もし仲間に入れてもらえるなら、ウチの息子にとって必要とされているという強い仲間意識を与えてくれることになるに違いないのだが・・・。ところが、答えはOKでした。

  • 今8回の裏で6点もリードされているんです。9回の裏には打順が回ってくると思うよ。

何とか三点差まで迫いついて、いよいよ9回の裏。しかもツーアウト満塁。しかも打順はシャイ君。お父さんは思いました。いくらなんでもこんな大事な時にシャイを出すことはないだろうな・・・。(中略)

しかし、シャイ君がバッターボックスに立つとピッチャーは数歩前によってゆるいボールを投げてくれたのです。バットの握り方も知らないシャイ君に打てるわけがありません。第二球目、ピッチャーは更にあと数歩前進して投げました。ゆるいゴロがピッチャーの右に転がってきました。ああ、これで試合終了!ところがピッチャーはファーストの頭上高く拾ったボールを投げたのです。両チームからは大きな声援が飛び交いました。

  • シャイ、ファーストに走れ!ファーストに走れ!

続く。しかし、ここでクウェスションです。

  1. ピッチャーはどうしてわざと暴投したのでしょうか?

中高生への第一の質問です。簡単なようですが・・・。

*写真と本文は直接関係ありません。

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Re:シャイ君のこと

Posted by 四條 淳也 at 2007-08-19 04:41
目頭が熱くなるような良い話ですね。
やれ偏差値だ、受験だ、金メダルだ、勝ち組だ・・・競争社会で
他人を出し抜いて、勝つことだけに人生の意義を求めさせられた
日本では考えられない良い話ですね。

シャイ君PartⅡ

by admin posted at 2007-09-08 22:31 last modified 2007-09-08 22:31
分ち合いの成果

今日は丸一日、11名の中高生とシャイ君のお話を巡って一日黙想会。8月17日に紹介したシャイ君のお話の続きを紹介しよう。

「シャイ、一塁に走れ!一塁に走れ!」

シャイはこれまでこんなに遠くまで走ったことがありませんでしたが、何とか一塁に立ちました。彼は、われながらビックリしてベースラインに転がり込みました。

「二塁に走れ!二塁に走れ!」みんなが叫びました。

シャイは一息入れるとヨタヨタと二塁を目指しました。そして、なんとかベースにたどり着こうと必死に急ぎました。ところが、シャイが二塁にたどり着く頃には、ライトの選手がボールに追いついていました。今やチームのヒーローになるチャンスを手にしているかと思えた一番背の低いこの選手、二塁に投げてタッチアウトを取れたはずなのに、ピッチャーの意図が分かっていたので、わざとボールを三塁の頭上高くに投げたのでした。シャイは、前の選手がホームベースに向かって回ったのを見て無我夢中で三塁に向かいました。もう、全員が叫んでいました。

「シャイ!シャイ!シャイ!もっと行けもっと行け!シャイ!」

シャイが三塁に立てたのは相手チームのショートが、三塁方向に向って一緒に走り、「三塁に向かえ、シャイ、三塁に!」と叫んでくれたからでした。

シャイが三塁を回った時、両チームの選手と、観客は総立ちになって叫んだのです。

「シャイ、ホームだ!ホームだ!」

シャイはホームに向かって走りに走って、ホームベースを踏みました。そして、まるで満塁ホームランを放ってチームに勝利をもたらしたヒーローのように歓喜したのでした。  

この話を終えた父親は、

「あの日」とそっと顔を伏せ涙ながらに言いました。

「あの日、助けてくれた両チームの少年たちが本当の愛と人間らしさの一つの姿を私たちに見せてくれているのです。」 

シャイは、次の夏を迎えることはありませんでした。その冬に亡くなったのです。ヒーローになって父親をあんなにも喜ばせたこと、家に帰り、涙ながらにその日の小さなヒーローを抱きしめた母親に会ったことなど決して忘れることはありません。

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Re:シャイ君PartⅡ

Posted by 四條 淳也 at 2007-09-09 22:11
日本の11名の中高生もすごい。
国は違っても、心に響く話はちゃんと分かるんですね。
少し安心しました。

Re:シャイ君PartⅡ

Posted by koriyama at 2007-09-10 10:34
四條さん
いつもコメント有り難うございます。
このページでも「いいお話し」を時々紹介したいと思います。
フィリピン人の友人からよく届くのです。

二人目の希望の星

by admin posted at 2007-09-10 21:03 last modified 2007-09-10 21:03
捧げもの

社会主義国に聳える聖堂

昨日は思いがけない甥からの電話で「主よ有り難うございます」を連発したが、今日はそのパートツー。「若者が会いたいと見えています。」「サテ、若者?もうチョイで終わるんだがなあ・・・。」

老人ホームのおばあちゃんとの文通。かれこれ一年になる。いつものように、長ーい手紙に短いはがきでの返事。それも後一行というところでの呼び出し。しかし、「若者」と聞けばやりかけでも未練はない?

「おータダシ君!」幼稚園の頃のままの明るいくりくり目。演劇をやっていたというだけあって、笑顔の美しい好青年になっていて嬉しかった。演劇への原体験が幼稚園の「聖劇」だったとは!今は、学生の身だが、演劇の世界で大きく成長させて貰ったのだから「軸はぶれていません。将来も・・・。」ナント素敵な若者になったことか!両親のいいところだけを受け継いだかのよう。座長もこんな若者だったら鍛え甲斐があったに違いない。つい嬉しくなって一時間以上も。昨日に続いてのクオリテイータイム(良質のひととき)。

帰る前にきっと挨拶に来る。そんな予感の中で、下心も。教会の話し?無神論の世界に聳えるあの聖堂のように、真実なるお方を目指して欲しい。自然の素材の捧げもののようにありのままの姿が更に輝いて欲しい。

帰国以来二度目のランは「前半青菜に塩。後半無限大。」ま、期待に反して絶好調という意味。

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出会いの日

by admin posted at 2008-02-10 16:32 last modified 2008-02-10 16:48
ポスター

幻想的な中での祈り

ネットワークミーティングin鹿児島ミサ説教音声

北は北海道から南は奄美に至る日本列島各地から98名の参加者で鹿児島市南の郊外、山あいのセミナーハウスが若者や司祭司教で賑わった。仙台からは車でやって来た初参加の仲間たちも。

全国カトリック青年連絡協議会(任意加入)主催のこうした集まりは9月と二月の年二回、7年ほど前から開かれているという。今回のテーマは”ひろげもんそ”(広げましょう)。まさに若者の若者による若者のための集い。昨年マレーシアでの青少年担当者研修会で強調されて”Youth to Youth"を地で行く若者たちがいたことは心強く、教会の今と将来に希望を感じることが出来た。

ホスト役を務めた鹿児島の青年たちに心からご苦労様を言いたい。そのうち何らかの形で労ねぎらってあげたい。

*その他の写真はそのうちアルバムで公開したい。

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Re:出会いの日

Posted by VIGOLO MARCO at 2008-02-10 17:57
ありがとう。テストですが、最近は内容は良くなりましてありがとうございました。

シドニーよもう一度

by admin posted at 2008-08-20 14:03 last modified 2008-08-20 14:03
炭坑節練習

教皇のボートは?

祝福

歓喜するスペインの若者たち

クレジットカード会社から「ご利用明細」が届いた。まず合計金額にため息。毎回出費が多いなあと思いつつ明細を仔細に眺めて驚いた。

シドニーでの食事の料金があまりにも割安だったからだ。投宿したホテルの隣にあったすし屋の金額に思わず「ヘーッ!」二人で、いくつも注文し、日本酒もお変わりし、十分満足して4362円。二日後の欄には2883円。確かに品数は前回に比べて少なかったとは思うが。それにしても、日本よりよほど安い?

昨日届いたアジアフォーカス(英字週刊紙)にシンガポールの青年がWYDでの体験談を寄せていた。教皇上陸の17日が彼にとってどんな日だったかが記されていて、タイトルは「私たちはイエスに会いに来た」。いい話なので大意紹介したい。

楽しみにしていたその日は彼にとって散々な一日だったらしい。そもそも朝のカテケージスが前日に比べてつまらなく、楽しみのお昼も缶詰ものばかりで・・・。もともと内気な彼は、どうせ週末にはまた教皇に会えるからと、みんなから離れたところで独りになりこれまでのことなど振り返ってみたいと思って電車に乗って出かけた。しかし、行った先で事務局から配布されたスカーフや巡礼と典礼の手引書をなくしてしまった。夕方町に帰りお勧めのカフェを探していったら閉店。さらに、楽しみにしていた講演の場所が変更になっていて、あわてて新しい会場に着いたときはすでに一杯で入れてもらえず、踏んだりけったり。しかし、それまで気がつかなかったのだが、すぐ側では聖体礼拝やゆるしの秘蹟が行われているところだった。「どうせなら、数分でも入ってみるか」と大きなホールに入った。そっとご聖体の前にひざまずいた。すると、一日の溜まりに溜まったものがスーッと抜けていくようだった。やがて暖かい涙が頬を伝わり、全身洗われるような気持ちに包まれた。同時にみんなから離れて、あっちこっちと自分の安住を求めてせわしく動き回った一日のことが思われ、WYDに来た理由をすっかり忘れていたことに気がついたのだった。つい数日前に始めた巡礼は、「私たちはイエスに会うためにシンガポールから来ました」が合言葉だったというのに。そして、分かった。散々な一日なんかでなかったのだ。自分が神様を体験できたらいいのにと望まなかっただけだったんだと。いやもっと分かったことは、神様は私たちが苦しんでいるときも慰めてくださること、さらに私たちが苦しんでいる人を慰めるとき、私たちがその人々にとって神様をあらわしているのだと。だから7月17日は彼にとってWYD巡礼の中で最高の日となった。

ボクの元にもあちこちから「子供がWYDに行けたこととても喜んでいます」「聖霊を体験したそうです」などの感想が寄せられている。次回は20011年8月15-21の予定。スペイン・マドリッド。

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Re:シドニーよもう一度

Posted by Francis at 2008-08-24 03:44
司教様,お久しぶりです。愛知県のFrancisです。

 ブログは毎日読ませていただいています。
 前教皇ヨハネ・パウロ2世が来日されたのが1981年でした。私は当時大学2年生でした。教皇ミサが東京の後楽園球場であるとは聞いていたのですが,まったくお金がない大学生でしたので,東京に行くなんて考えもしませんでした。ところが,ある日,大学の指導司祭(アメリカ人)に呼ばれ,「東京の教皇ミサに行きなさい」と言われたのです。私が「神父様,そんなお金はありません。」と言うと,指導司祭は「ダイジョウブです。東京までは神学生と一緒に神学校のマイクバスに乗って行きなさい。帰りは神言会がお金を出してあげますから,新幹線で帰ってきなさい」と言われ,あの感動の教皇ミサにあずかることができたのです。余談ですが,その行きのバスには現在新潟司教である菊池さんも神学生として乗っておられたはずです。
 さて,WYDですが,当時はまだそんなものはありませんでした。WYDが始まった頃,私は一応まだ参加できる年齢だったのですが,若手の教師ということで時間もお金もありませんでした。当然,参加なんかできるはずもありません。ですから,WYDに参加できた若者の話を聞くとただただうらやましく,年甲斐もなく複雑な気持ちになってしまいます。若いうちに教皇の話を直接聞き,世界の兄弟姉妹と御言葉の若い血合いをし,精霊の働きを感じてこられるのは一生の宝物になるからです。
 自分がWYDに参加できなかったからではありませんが,私は仕事に慣れ,お金もある程度自由になるようになった30代の初めからヨーロッパの中心に巡礼を始めました。これは現在でも年に2回の割合で続けています。巡礼と言っても観光に毛が生えたようなものですが,それでも多くの教会をたずね,ミサに参加するのは実にすばらしい体験です。しかし,それでもやはりWYDに参加したかった…心からそう思います。

Re:シドニーよもう一度

Posted by Francis at 2008-08-24 03:45
司教様,お久しぶりです。愛知県のFrancisです。

 ブログは毎日読ませていただいています。
 前教皇ヨハネ・パウロ2世が来日されたのが1981年でした。私は当時大学2年生でした。教皇ミサが東京の後楽園球場であるとは聞いていたのですが,まったくお金がない大学生でしたので,東京に行くなんて考えもしませんでした。ところが,ある日,大学の指導司祭(アメリカ人)に呼ばれ,「東京の教皇ミサに行きなさい」と言われたのです。私が「神父様,そんなお金はありません。」と言うと,指導司祭は「ダイジョウブです。東京までは神学生と一緒に神学校のマイクバスに乗って行きなさい。帰りは神言会がお金を出してあげますから,新幹線で帰ってきなさい」と言われ,あの感動の教皇ミサにあずかることができたのです。余談ですが,その行きのバスには現在新潟司教である菊池さんも神学生として乗っておられたはずです。
 さて,WYDですが,当時はまだそんなものはありませんでした。WYDが始まった頃,私は一応まだ参加できる年齢だったのですが,若手の教師ということで時間もお金もありませんでした。当然,参加なんかできるはずもありません。ですから,WYDに参加できた若者の話を聞くとただただうらやましく,年甲斐もなく複雑な気持ちになってしまいます。若いうちに教皇の話を直接聞き,世界の兄弟姉妹と御言葉の若い血合いをし,精霊の働きを感じてこられるのは一生の宝物になるからです。
 自分がWYDに参加できなかったからではありませんが,私は仕事に慣れ,お金もある程度自由になるようになった30代の初めからヨーロッパの中心に巡礼を始めました。これは現在でも年に2回の割合で続けています。巡礼と言っても観光に毛が生えたようなものですが,それでも多くの教会をたずね,ミサに参加するのは実にすばらしい体験です。しかし,それでもやはりWYDに参加したかった…心からそう思います。

Re:シドニーよもう一度

Posted by Francis at 2008-08-24 23:12
司教様,お久しぶりです。愛知県のFrancisです。

 ブログは毎日読ませていただいています。
 前教皇ヨハネ・パウロ2世が来日されたのが1981年でした。私は当時大学2年生でした。教皇ミサが東京の後楽園球場であるとは聞いていたのですが,まったくお金がない大学生でしたので,東京に行くなんて考えもしませんでした。ところが,ある日,大学の指導司祭(アメリカ人)に呼ばれ,「東京の教皇ミサに行きなさい」と言われたのです。私が「神父様,そんなお金はありません。」と言うと,指導司祭は「ダイジョウブです。東京までは神学生と一緒に神学校のマイクバスに乗って行きなさい。帰りは神言会がお金を出してあげますから,新幹線で帰ってきなさい」と言われ,あの感動の教皇ミサにあずかることができたのです。余談ですが,その行きのバスには現在新潟司教である菊池さんも神学生として乗っておられたはずです。
 さて,WYDですが,当時はまだそんなものはありませんでした。WYDが始まった頃,私は一応まだ参加できる年齢だったのですが,若手の教師ということで時間もお金もありませんでした。当然,参加なんかできるはずもありません。ですから,WYDに参加できた若者の話を聞くとただただうらやましく,年甲斐もなく複雑な気持ちになってしまいます。若いうちに教皇の話を直接聞き,世界の兄弟姉妹と御言葉の若い血合いをし,精霊の働きを感じてこられるのは一生の宝物になるからです。
 自分がWYDに参加できなかったからではありませんが,私は仕事に慣れ,お金もある程度自由になるようになった30代の初めからヨーロッパの中心に巡礼を始めました。これは現在でも年に2回の割合で続けています。巡礼と言っても観光に毛が生えたようなものですが,それでも多くの教会をたずね,ミサに参加するのは実にすばらしい体験です。しかし,それでもやはりWYDに参加したかった…心からそう思います。

Re:シドニーよもう一度

Posted by 郡山健次郎 at 2008-08-25 11:59
Francisさん
毎日ブログを読んでくれてありがとうございます。
最近は毎日書けない日が多いのですが、たわいもない記事を読んでくれてうれしいです。
すべてには時があるので、WYDに参加できなかったのも時でなかった、つまり、貴殿には別の時が用意されていたということでしょうかね。神様の計らってくださる時はなかなか奥が深いので戸惑うことは多いのですが・・・。
それでも、充実した日々をお過ごしのようで何よりです。

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