少し早いですが…

魔法の言葉一杯詰まっている必読の書。12月8日は教会の暦では無原罪の御宿りの聖母の記念日で1854年教皇ピオ9世によって教義とされた。1869年の12月8日が第一バチカン公会議開幕の日というのは知らなかった。しかし、1941年12月8日と言えば知らない人はいない。そう、真珠湾攻撃。その、何やら因縁めいた12月8日だがフランシスコ教皇はいつくしみの大聖年開始の日と定められた。

今日手元に届いたのが、去る4月11日に出された大詔勅「イエス・キリスト、父のいつくしみのみ顔」。イエスご自身が父なる神のいつくしみを映し出す顔だという教皇独特の表現。大聖年を意義あるものとするために書かれたもので、ここにも心に残る印象深い言葉が多い。

「教会はいつくしみの信仰を告白し宣言するときに真の生活を生きます」(#11)という聖ヨハネ・パウロ二世回勅「いつくしみ深い神」の言葉を引用しながら、「いつくしみは福音の脈打つ心臓」(#12)だと定義。そして、「教会のいのちを支える柱はいつくしみです」(#10)と聞けば誰でも納得できる感じがする。聖書や現代世界憲章を勉強しないと宣教できないのではないかと思いたくなる私たちには何となくホッとする。ホッとさせておいて、「それでも勉強は大事」という梯子を外すような教育的指導はない。「御父のようにいつくしみ深く-、それがこの聖年のモットーなのです」(#14)と一貫していて、最後まで安心して?読める。

また、教皇のモットーに関する記述も興味深い。「イエスはマタイをいつくしみに満ちた愛をもって見つめ、そして彼を選ばれた」という、7世紀のイギリスの聖人聖ベダ司祭の説教を引用され、「私はこの表現にずっと感銘を受けており、この言葉をモットーにしています。」モットーというのは、「私はいつくしみ、そして選ぶ」のことで、正直言って、個人的にはピンと来なかったが、マタイ9章9-13の本文を読んで良く分かった。

また、聖年の門「いつくしみの扉」を部分教会でも作るようにという提案はとくに興味を引いた。鹿児島、奄美、徳之島それぞれに作りたい。信者みんなに読んでもらって大聖年を迎える準備を今から始めてほしい。「教会が変わり社会が変わる。」そんな気持ちになる魔法の書。

125円+税。申し込みはザビエル書店か中央協議会へ。

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