先ずはクイズから
今年は午年。でも、「午と書いてウマと読むのはなぜか?」答え:ま、言葉遊びの一種で、牛の角を取ったら午ウマになった。ではなぜ、「干支のウシは牛でなく丑ウシと書くのか?」丑は漢字学者によると「紐で引き締める」という意味で、干支で牛でなく丑と書くようになった理由は分からないらしい。牛にひかせて畑を耕すのに手綱を引いてコントロースすrから?
第61回午年合同年の祝い

ニギニギしく町内会長さんの祝辞
毎月発行される町内報”だいくま”のトップを飾ったのは午年生まれの20名の年齢と名前。85才9名、73才6名、61才5名。町内会活動に参加できていないことや、4時過ぎには芦花部のミサに行くので飲めない上に中座もやむを得ないという事情もあって、お詫びのしるしを込めて焼酎二本をぶら下げての参加。
会場は、ホールの両脇に向かい合う形で午年の人たちが名がテーブル席。中央は一般参列者用の椅子席。参加者は全員紬姿なのに一人ローマンカラーでは目立ってしまった。左隣には高校の同級生でホッとしたが、彼以外は全く未知の人々。向かいの年男たちが、ボクの方を伺いながら何やらヒソヒソ。明らかに、「アレィヤタルヨ?」(あの人は誰だ?)。右隣の車いすの人も担当者に「クンチュヤタルヨ?」(この人は誰か?)
こうして僕の公現祭は緊張の中で始まった。
王冠ならぬ金一封も
本物のご公現祭で博士たちが持参したような王冠はなかったものの、一人ひとりに金一封が手渡された。浦上教会のミサ後のカフェタイムでそんな話をしたら、「ハグィー大熊ヤ金持ちドー!自衛隊ヌ交付金!」なぜか急に声を潜めた。浦上でも同じ日に年の祝いがあったのだという。2時開式で延々と夕方まで続いたらしい。

さすがに、チュヌシマ(よその場所)では飛び出す勇気がなかった
同じ2時開式でも、大熊では予定通り3時50分には終了したので、こちらがスマートな祝い方だったと言える。そう言えば、式次第はホワイトボードでなく、なんと、パソコンと連動した大きなディスプレイに。カミガミのない世界!全くスマート!やっぱり豊か?
あ、そうそう。ハナのご披露もあって、だが、何とボク一人だけ!でも、認知度は少しアップ?

瀬留教会庭先のミカン


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