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おかげさまで、とは言うものの…

作成者 admin最終変更日時 2006年03月30日 14時27分

今週の聖書

使徒ヨハネの手紙1ヨハネ4・7-10 

2003.5.25記

愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているのです。愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。神はひとり子を世にお遣わしになりました。その方によって、私たちが生きるようになるためです。ここに、神の愛が私たちのうちに示されました。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛して、私たちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。

今週のポイントUターンと共にIターンという言葉が使われることがあります。過疎の村を気に入って移住し、村の人たちは両手を広げて歓迎する。子供同伴ということで休校していた学校も再開されることになり、村が一気に活気づく。昨年、ここ志布志の山間の村でも何年ぶりかに小学校が再開されました。

ヨハネの本文を読むとイメージが重なります。イエスの移住?により、周りの人々が一気に活気づく。もっとも、イエスの場合だと、ナザレの村にいたころはパッとしなかったようですが、家を出て活動を開始するや、たちまち人々の耳目を引きつけ方々から人の波が押し寄せるようになりました。イエスの移住効果は、今日、日本各地で起きているIターン現象の比ではなく、村興しどころか、国興しの切り札と目されたほどでした。

今日の本文では、目を輝かせてイエスを歓迎した人たちの中でもことのほか興奮し、奮い立ち、みんなでこの村、いやこの国をもり立てようと立ち上がったヨハネの意気込みが伝わってくるようです。この手紙は、ヨハネ福音書の解説書と言われるだけあって、「私があなた方を愛したように、互いに愛し合いなさい」(ヨハネ15,12以下)というイエスの代弁のように聞こえます。

神のもとからのイエスのIターンは私の人生を根底から変えました。この国の姿はどこかおかしいと思っていましたが、この方のなかに、全ての答えがあると知ったのです。神といえば、沢山の掟を強いる厳格な父のような堅さと怖さがありましたが、このお方のおかげで、神が慈父であるとの認識に代わり、とても心が軽くなりました。私の人生にパッと明かりがともされた感じでした。この喜びの体験をみんなに伝えたいのです。私たちユダヤ人は神の民、他の人々は…という差別の気持ちもなくなりました。みんなともっともっと親しくなりたいと心から望むようになったのです。「互いに愛し合いましょう」を唯一の掟とする国の創設に自分もお役に立ちたいと思ったのです。

土曜日の夜のミサを終わり、ヨハネの信仰告白に圧倒されて司祭館へ。
「あ~お腹すいた。」
差し入れのウナギを食べようとしたその時。ピンポ~ン。「刑務所を出て20日余り。かくかくしかじか…。」(マッタク…!)「どうぞ中に。食べながら聞きましょう。」(ヤレヤレ…。)で、ご馳走を半分ッコで一宿一飯。。そして、早朝に旅立ち。「お世話さんでした。またお会いしましょう。」(ジョウダンジャナイ。コレッキリニシテクレヨ)「そうですね。じゃあ、気をつけて。」固い握手。(ヤレヤレ…。なんてヤツだ。ワシを試しにでも来たんか?!アンタは。)

ヨハネさんよ、こんなモンでどうですかね。


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