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クリスマスてナンなんだ

作成者 admin最終変更日時 2006年03月30日 11時31分

今週の聖書

ルカによる福音2,1-14 

2003.12.24クリスマスイブのミサ
12.24ミサ説教音声(mp3)

お断り:音声は既に消去しましたので聞けません。

そのころ、皇帝アウグストから全領土の住民に登録をせよとの勅令が出た。これはキリニウスがシリア州の総督であった時に行われた最初の住民登録である。人々は皆登録するために各々自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上っていった。身ごもっていた許嫁のマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。(略)

テキストメッセージは休みました。

言(ことば)と光と闇と…


2003.12.25クリスマス日中のミサ
12.25ミサ説教音声(mp3) 
お断り:音声は既に消去しましたので聞けません。

ヨハネによる福音1,1-5:9-14

はじめに言(ことば)があった。言(ことば)は神であった。この言(ことば)はじめに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言のうちに命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
その光は誠の光で、世に来て全ての人を照らすのである。言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。
言は肉となって、私たちの間に宿られた。私たちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

今週のポイントテキストメッセージは休みました。


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