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マサとメリバ効果?

作成者 admin最終変更日時 2006年03月29日 15時23分

今週の聖書

出エジプト記17,3-7

2002.3.1記

民は喉が渇いて仕方ないので、モーセに向かって不平を述べた。「何故、我々をエジプトから導き上ったのか。私も子供達も、家畜までも渇きで殺すためなのか。」
 モーセは主に、「私はこの民をどうすればよいのですか。彼らは今にも、私を石で打ち殺そうとしています」と叫ぶと、主はモーセにいわれた。「イスラエルの長老数名を伴い、民の前を進め。また、ナイルを打った杖をもっていくがよい。見よ、私はホレブの岩の上であなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことが出来る。」
 モーセは、イスラエルの長老達の目の前でその通りにした。彼はその場所をマサ(試し)とメリバ(争い)と名付けた。イスラエルの人々が「果たして、主は我々の間におられるのかどうか」と言って、モーセと争い、主を試したからである。

今週のポイント政治家の権力三昧。不透明性。いらだち。怒り。
日本経済は沈没寸前。だが、依然として世界第二位。戸惑い。
倒産、倒産。未曾有の失業率。不安。
そして活性化しない日本経済にアメリカも苛立つ。

「事実、宣教活動が活性化しない第一の理由が、
現代教会の教えの不勉強にあるのは確かです。」
フキョウは教会をも襲い、いらだち、戸惑い、不安は募るばかり。

ひるがえって、
灼熱の太陽、渇きと飢え。救援の希望も皆無。
そんな砂漠の民のいらだち、怒り、戸惑い、不安に晒されたモーセ。
モーセのいらだちも頂点に達した。
「この民をどうすればよいのですか!…」と主に叫んだ。

さらに目を点ずれば、犯罪の低年齢化と凶悪化。
勉強、勉強のつけが今回ってきたと嘆く日本。
一方、勉強が足りないと嘆き、苛立つ教会当局。
モーセは神に叫んだが、当局側は「勉強だ!」と民に叫ぶ。
モーセの叫びに、神は、民に活力をもたらす神の水を賜った。
民への叫びも神の水をもたらしてくれるといいのだが。

そういえば、
主は言われた。
「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、
追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った(出3:7 )。

こうして、民の叫びが「出エジプト」の元になったとは!

聖書にしろ教会の教えにしろ
勉強。勉強会。読書。知的理解。
その結果、宣教好況。
本当?となってしまうのだが。なぜ、飛び上がるほどの元気が出ないのか?

どこか違うんデネースカ?
そうです。あの神への叫び。民の叫びがモーセを動かし、神を動かした。
一丸となって、神にではなく指導者モーセに叫んだので、
モーセは仕方なく神に叫んだ。民に叫び返したのではなかった。
民の未熟を代弁する叫びが神を動かした?

教会フキョウの中で、マサとメリバ効果が生まれないことこそ問題?


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