ムシクジリは悪
政府は、来年のオリンピックで、かつての日本の軍旗だった旭日旗(日の丸ではない)の競技場持ち込みを認めた。今朝の南日本新聞の記事に驚いた。国旗として世界が認める日の丸ではなくかつての軍旗を敢えて「持ち込み禁止としない」というお墨付きを与えたのは何故か。日本の侵略によって日常生活を蹂躙された隣国の悪夢の記憶は未だに癒やされてはいないというのに。しかも、韓国との間柄が最悪状態のこの時、状況をますます悪化させることは目に見えているではないか。政治には素人のこのボクでさえ危惧しているというのに、政治のプロたちの想像力のなさにあきれる。ムシクジリ(奄美の方言ー相手がいやがることをして怒りを誘発し増幅させること。あおり運転みたいなもの)にもほどがある。10億円の手切れ金で過去を清算しことにしたとしても、いじめられた側の悔しさが癒やされたわけではない。特に、北にとっては、「かつて我々が受けたのと同じことをして何が悪い」という気持ちではないのか。だとしたら、彼らにとって戦後はまだ終わってないということなのだ。
平和の祭典を守ろう
そういう隣人の痛みへの心遣いが少しでもあるなら旭日旗はないと思う。忌まわしい思い出を蘇らすだけだという想像力が働かないのだろうか。オリンピックを平和の祭典と呼ぶなら、もう少し敏感なセンスと人の気持ちを思いやる人間としての基本的な心遣いを示すべきだ。「若い人たちは相手がどれだけ痛い思いをするかという想像力に欠ける」と言ったのはどこかのは大人ではなかったか。同じ新聞には「こんな時だからこそ交流事業を中止しないで欲しい」という声も寄せられていた。平和の祭典を守るために何ができるか分からないが、あの北欧の少女が世界を動かしたように、日本人も「ボーッとして」いないで声を上げよう。
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