福音の喜び

待望の書新しい福音宣教。最近あまり聞かなくなったが、2012年10月7日-28日のシノドスのテーマが「キリスト教信仰を伝えるための新しい福音宣教」。新しい福音宣教。個人的には、ネット宣教のことだ!と意気込んだものだが、イマイチはっきりしなかった。

「カトリック教会のカテキズム」の勉強をしなさいということ?など疑問の声も聞かれたのだが、いつの間にか収束?そして、この6月シノドスを受けて出される教皇の使徒的勧告「福音の喜び」がついに日本語になった!

そこでは、新しい福音宣教が三つの領域に及ぶとされていて、思わず身を乗り出したのだが…。

第一は通常の司牧の領域。
「この司牧は、信者の成長を目指し、彼らがますますその生活全体をもって神の愛にこたえられるように方向づけられています」(22頁)。これが新しい宣教?ま、いい。

第二の領域は、「洗礼を受けていながらも、洗礼の要求することを実行していない人々」(同上)。
「洗礼の要求することを実行していない人々」と言われてもピンと来ないが、教会を離れている人々のこと?ミサには来ても不平不満、悪口、口げんか、仲たがい…。ダイタイ全員?いや、マ、それもいいとして、

第三の領域は、イエス・キリストを知らない人。
これは明快。しかし…新しいこと?そう!「…喜びを分かち合い、美しい地平を示し、だれもが望む宴に招くような」(23頁)福音の伝達でなければならないという指摘は間違いなく新しい!表現が素晴らしい!しかも「教会は…『人を引き付ける』ことによって成長するのです」(同上)。何やら、新しい福音宣教の予感。

ということで、どんどん読み進んだ。付箋もいっぱいつけた。そうそう、今日は故郷瀬留の教会では、ブイジュ祭がおこなわれているが、こうした各地で執り行われる〇〇祭の類を「民間信心」と位置付けてその福音化への価値を高く評価されているのが嬉しかった。巡礼やそうした民間信心に「…子どもやほかの人を連れて行くこと自体が福音宣教の行為です」(113頁)。

早速、この箇所を引用してメッセージを送ったのは言うまでもない。きっと喜んでくれるに違いない。司祭の説教に関しては具体的な準備の仕方まで、20頁余りも割いておられて、司祭たちにはかなり耳が痛いところだ。

まるで、尊敬する指導司祭の話に耳を傾けるかのように、眠くなることもなく248頁を一気に読み切った。全司祭、全信徒必読の書。韓国の教会では早くもベストセラーだとか。でも、ネット宣教のネの字もでなかった。シュン!

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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