悲しい怒り

141110日韓司教交流会の初日は重たいプログラム。10名の元慰安婦のハルモニ(オバアチャン)が住んでおられるナヌムの家と呼ばれる老人ホーム訪問。ナヌムとは分かち合い。

いわゆる従軍慰安婦として日本の部隊と共にアジア各地を転々とさせられた元少女たちの証言は涙なしには聞けなかった。学校帰りに連行され、家族と生き別れになった15歳の少女。故郷は四季があり、季節を楽しむことができたが、連れて行かれたところは暑くて雨ばかり降ってた。そんな証言をもとに手を尽くして調べた結果分かったのはなんと韓国から数千キロも離れた南の国。

中には中国で終戦を迎え、そのまま放りだされ、中国人に助けられたという話や15歳の時連れて行かれ、17歳で解放されたという話。たくさんの人が連行先で病気にかかって亡くなったという。

カトリックの洗礼を受けて幸せになり、日本の司教様たちがきてくださったので恨みが少し晴れた感じがする。1日も早く真相を明らかにしてほしい。そんな訴えをされる高齢のハルモニたちの顔には深いシワが刻まれて苦しみの深さが偲ばれたが、穏やかな表情に救われる思いだった。

それにしても、聞く方も辛かったが、話す方はまさに古傷に触れことになるわけでもっと辛かったに違いない。そんな重たく辛い話をすることを願った側としてもは、「ありがとうございました」だけでは済まされないと思った。真相が明かされないままあやふやなうちにことが済まされたらどんなことにしろ、人は平常心ではいられない。しかも70年もの間!

突然、「ああ、許すまじ原爆を、三たび許すまじ原爆を、我らの町に」と歌った記憶が遥かな時の向こうから蘇った。その犠牲者の証言を聞いたり傷跡も見せてもらったこともある。それも衝撃的だったが、今回の証言は、戦争という悪に狂わされたとはいえ許しがたい怒りに全身が震えた。とにかく発信したくて初日のハッピーアワーもキャンセル。

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