1万人の参列者で祝った列福式のあとは参列者6人だけで執り行った同級生葬送のミサ

福者右近誕生

2008年に福者に上げられたペトロ岐部司祭と187殉教者以来となる久しぶりの全国規模の一大イベントは全国から一万人を大阪城ホールに集め、穏やかな印象の教皇代理アマート枢機卿司式のもと感動のうちに終了した。記念日は2月3日。今回はたった一人のユスト高山右近。しかし、マニラに流されてからも、聖者の誉れが高く、戦前から列福運動が始まったという。そんな歴史的なイベントはレセプションに次ぐレセプションでかなり疲れた。近くに行ったら立ち寄ることにしている京都の妹宅で二日ほどのんびりして帰るつもりだった。しかし、予約のLCCは9日帰鹿になっていたことに気がついて一泊だけで、昨日6時前に帰館。

ヨゼフ清光君逝く

降りしきる雪は清光君からのサービス?しかし、それが幸いした。今朝朝7時半しぼりたての野菜ジュースを飲んでいると中学校時代の同級生が亡くなり10:00に葬儀ミサ、との予期だにしなかった情報が待っていたからだ。急いで身支度を整えた。先月に次ぐ大雪の情報は鹿児島にも。「不要不急の外出は控えるように」とのいつもの耳障りなおせっかいにわざと逆らうかのように車を出した。”あの急な上りは大丈夫かな“との不安がないわけではなかったが、”その時は下に車を置いて歩けばいい”。南国の雪が降りしきる中を久しぶりのマリア山荘に急いだ。しかし、例の坂も全く問題なく無事到着。

雪のベールに包まれて

清光君安らかに聖堂に安置された棺には小柄な彼が、一層小さくなって収まっていた。集会室にいたのは信徒代表夫婦と姉夫婦に弟夫婦の6人だけ。そこで分かったのは葬儀ミサは12時だということ。ガッカリしたが、かえって、「今日は彼のために!」との腹が決まった。故郷を同じくする遺族だけに、昔話やいろいろの話題で時間はあっという間に過ぎた。助任司祭を迎えて始まった葬儀ミサの参列者は、結局、葬儀社の2人を除いた先ほどの6人だけ。これまでに体験した中で最小。いよいよ雪も勢いを増してコンコンと降りしきる中、ひっそりと送り出した。7日の列福ミサとの違いにかえって印象的だった。それにしても真冬の葬儀には雪がふさわしい。御父のもとへの凱旋を祝うかのよう。6人みんなが感慨にふけった。

おすそ分け

お世話になっていたグループホーム近くの墓地への納骨も済ませて6時前に帰館。久しぶりに小教区の仕事をしたような満足感。というより、かねて気がかりな幼なじみの同級生と久しぶりに会ったので話に花が咲いて一日中付き合った満足感みたいなものだと言ったほうがいい。彼のおかげでさわやかな充実した一日を過ごすことができた。永遠の安息のおすそ分け?

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