明日の明光学園卒業式に述べる祝詞を事前にアップするのを予行練習ブログということにした

隠れた名門校

「『空港から一時間も離れた田舎の高校でどうしてこんなにも進学率がいいのか勉強してくるように』と上司に言われて来ました。」学校評価に招かれたスタッフを職員一同緊張のうちに迎えた。しかし、予期しない第一声に一同思わず「えーっ!」もっと、立派なほめ言葉だったと思うが正確に思い出せない。そんな、東京の人も驚く名門大口明光学園の卒業式に招かれ、祝詞を頼まれた。今度の土日のザビエル教会黙想会の準備を中断して、さて何を話したものか思案にくれた。

神様のHandi-work

三歳の彼女が描いたボク

三歳の彼女が描いたボク

カトリック学校にふさわしいメッセージとなれば、当然、聖書のお話と言うことになる。ここはやっぱりあれで行こう。思案に暮れるほどのこともなく、数分後にパウロの言葉と決めた。「私たちは神様の作品です」(エフェソ2,10)。1979年発行のフランシスコ会訳。残念ながら、改訂版では「作品」が「造られたもの」になった。英語の強い学校なので、「手元の英語の聖書では『私たちは神様のHandi-work』となっています」と言うことにしている。卒業式で生徒に質問していいものかどうかわからないが、「Handi-work」の意味を聞くつもりだ。「手作り」と正解が出れば、すかさず、「さすが明光生!」。「では手作りの反対は?」反対というのか分からないが、対をなす言葉としては既製品と言ってくれると話はしやすくなる。さらに、「手作りと既製品の違いは?」あ、やっぱり、ホームルームではないのでこの路線は止めよう。やはり、もっと粛々と話すことにしよう。

祈り、夢に満ちた手作り

皆さんは、神様の手作り。好きな人も嫌いな人も神様の手作り。手作りには、作った人の思いが込められています。お母さんの手作り。食べ物、着るもの、粗末にしてはいけない。お母さんの思いはお母さんの祈りです。私たちが神様の手作りであるなら、1人1人には神様の思い、神様の祈り、神様の夢が込められています。もっともっと輝くあなたになってほしい。もっともっと心優しい大人になってほしい。みなさん、神様の手作りである皆さんに神様はほかにどんな夢を託しておられるのでしょうね。手作りの特徴が「不揃い」であることも忘れないようにしましょう。みんなを不揃いにした神様。そんな神様と親しくお話のできる作品になって、人々に希望と喜びを分けてあげられる明光ファミリーの一人として羽ばたいてください。

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