おぼろな過去が鮮やかに
今日はお絵かきもサボって読書三昧。珍しく?全く誰に煩わらされることもなく二冊読破。
「宣教日誌」(松田神父訳)は1947年9月14日(日曜日・十字架賞賛)名瀬上陸の日から10月14日までの一ヶ月にわたる克明な教会復興の歴史がつづられている。13年間の司祭不在を耐えた信者たちの歓喜するさまが、何よりも教会復興に向けての高揚したうねりのようなものが60年の時を超えて眼前に迫ってくる。「島は小さいかもしれないが、すでに人々の心の大きさを見ています」日誌の書き手オーバン神父の言葉だ。あごひげを生やしたカプチン会司祭の笑顔が蘇った。
アメリカ軍の統治下に会った当時、来島した二人のアメリカ人司祭は軍政府の基地に寝泊りしたらしい。数人の高校生がよく訪ねてきて、クスクス笑ったり、ポカンとしているだけだったり、だんだんうるさく感じるようになったともあった。なんとその一人が、良く知っている信者のおじさんだったことが分かり、思わず声を上げて笑った。まるでプライバシー保護のために顔を覆っていた網が急に払われて実像があらわになったような驚きだった。彼らの信頼を得るために丁寧に対応したという。ある村では戸締りもかなわない地面と同じ高さの床で昼寝をしようとしたが30名ほどの子供たちが覗きに来たので結局眠れなかったとも。
1983年北ルソンの山奥の教会を訪ねたとき司祭館で夕食をしていると村の子供たちがやってきて物陰から珍しそうに覗いていたのを思い出した。「髪は黒くて、鼻は低いし僕たちと似ている」同行のシスターが子供たちのささやきを教えてくれた。金髪で鼻の高いベルギー人宣教師を見慣れた子供たちが始めてみる日本人司祭の品定めに来たらしかった。
もう一冊は「日韓交流スクランブル」(小針進著 大修館書店)新聞の書評を読んで、韓国人神学生誕生も間近ということもあって直ぐに注文した。日韓両国の何十人という人と面会して聞き出したありのままの感想が脚色されないで紹介されていて両国の実情が伝わって興味深い。中曽根元首相がハングルに通じているとは初耳。「共同作業で誤解が理解に、理解が友情に変わる」ドラマを共同で制作した人々の感想には重みがある。将来三名の韓国人司祭が双方の橋渡しになって多くの友情が生まれるといいのだが。
今日はジムが休み。終礼後1時間45分のラン。今後のメニューはは本番を想定した長時間ラン。いよいよ新内閣誕生。韓国でも期待しているらしい。同一首相で少なくとも四年間頑張って欲しい。
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東京教区に籍置く者ですが、過去種子島に出張者として何度も長期滞在しておりました。
オーバン神父さま達が上陸する光景を石神司教さまの文章で読んだ事があり、教区民の溢れる喜びが伝わるものでしたが、神父様方も大きいものを受けられたのですね。
「宣教日誌」を読んでみたいと本屋さんのページを検索しましたがHitせず、司教さまの紹介にも出版社が書かれていなので一般に流通する本では無いのですね、残念です。
読んで下さって嬉しいです。
おっしゃるように市販されていません。訳者は一緒に住んでいる司祭ですが
彼の手元には一冊だけ残っているそうです。それを貸してもらいました。
悪しからず。