信者の夫婦とは・・・
久しぶりにME。テーマは「今、夫婦として洗礼を受けてよかったと思うことは何か?それを思うときどんな感じ?」
ボクの場合は「司祭として・・・」ということになるが・・・。基本的には夫婦の場合と変わるものではない。いや、どちらも秘蹟なので独自性からして同じではない。しかし、婚姻の秘蹟といい、叙階の秘蹟といい、つまるところ「神様の夢の実現のために違うアプローチ」をしていると考えるなら、乱暴な感じがするかもしれないが基本的には同じなのだ。
つまり、MEが推奨する夫婦のあり方と独身を生きる司祭のあり方はごまかしのない「ありのままの自分」を基本とする。夫婦にとってはお互いにどれだけ正直なありのままの自分を分かち合えるかが婚姻の秘蹟を豊かにする道であり、一方、司祭にとっては神様の前にどれだけありのままの自分をさらけ出せるかが秘蹟としての司祭職を豊かにするカギとなる。
これが案外なおざりにされているわけで、信者の夫婦が「ただの夫婦」をやっているところに教会の問題があるといっても過言ではない。このところがなかなか分かってもらえないのがもどかしい。
韓国教会発展に貢献しているのがMEとレジオマリエだというのはつとに知られていることなのに、日本ではいまいち本気になれないようだ。本物のカトリック夫婦、というか「洗礼を受けてよかったと思うことは何か?」が信徒、司祭に問われている根本命題だ。
朝刊で思いがけなくも高校時代の同級生に遭遇。故郷奄美の方言集を出版したという。コツコツと17年の集大成。故郷の言葉を心底愛しているに違いない。
ともあれ、信者の夫婦も司祭もコツコツと秘蹟の歩みを深めて欲しい。ちょっと上から目線?
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