生かされて
かなり衝撃的な本だ。読み出したら止めることができなかった。1994年にルワンダで起こったフツ族によるチツ族抹殺の国家上げての虐殺。
今から14年前の話。その頃どこで働いていたか自分の歴史を振り返った。ちょうど奄美に赴任した年ということになる。生まれ故郷の教会での宣教司牧。子どもの頃から慣れ親しんだふるさとの山野、そして懐かしい郷里の人々の中での生活。同じ頃地球の反対側では昨日の隣人が敵となり、平和な村が修羅場と化し、一家離散、殺戮に次ぐ殺戮が連日連夜繰り広げられていたとは!新聞で遠い国の出来事が突然目の前に繰り広げられていくようで、本を手放すことが出来なかった。
狭い洗面所の中に8人もの人々と、横にもなれず声を出して話すことも出来ない生活が3ヶ月。想像を絶する環境の中で、怒りとうらみ、そして激しい復讐心。それでも父親に貰ったロザリオを握り締めながら必死に祈り続けた。現実を見据え、感性を研ぎ澄まし、信仰を進化させていく。そして、「祈りと肯定的な考えは殆ど同じ」(329頁)と言い切る。
今は牢に入れられている父親を虐殺した張本人の手を取り「あなたを赦します」と心から言えた彼女を周りの人々は理解できない。立場が逆転した同族の人々は「今度はこっちの番だ」と武装し復讐することしか考えられないというのに。
ボクの信仰のあいまいさにこんなにも厳しく問いかけてくる人を他に知らない。
4年生の時の思い出が蘇った。「僕らも同じことをされた。ほらサボらずにちゃんとせろよ!」6年生の先輩が同級生のお尻を竹箒で叩いた。まるで野球のバットを振るようにして。掃除の時間のことだった。
「男なの子ならやられたらやり返せ。」幼稚園で働いていた頃よく聞いた父親たちの言葉だ。武装には武装。目には目を。信者のホンネは?
5ヵ月ぶりに青年たちと分ち合い。テーマは「イエスの完全な喜び」。ヨハネ17.11-13。沢山の各自の喜びの実体が披露された。完全な喜びへの招待状。
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