日韓司教交流会最終日

横浜山手教会。1933年再建現在に至る。今日の午前中は、これまでの二つの講話についての分かち合い。昨日なされた韓国の神父さんの発表は、使徒的勧告「福音の喜び」と回勅「ラウダテ・シ」を中心に戦後70年、教会は何をしてきたかを問う極めてチャレンジ性の高いもので興味深かった。とくに、「私は、誰かから(何かから)反対を受けるしるしとなったであろうか」という自問には、学者であり主任司祭であるという立場を超えたキリストの謙虚な弟子の1人としての心を感じて好感が持てた。

今日の分かち合いに話を戻そう。韓国の教会では、使徒的勧告「福音の喜び」を読んだ信者たちが、「司祭や司教たちこそ先ず模範を示してほしい」と発言するようになったという。思いがけない反撃?に「あれが悪い、これが悪いという前に『先ず自分が…』と考えてほしいのだが…。」司教さんの渋い顔に、人ごとではない同業者の苦悩が感じられ、ふと現実に引き戻された。

昨日の講話で紹介された「福音の喜びは読まないでほしい」と信者たちに話した司祭の話。講師の神父様は彼なりに分析しておられたが、実はこの司祭も小教区の元気な信者たちから批判された船上ディナーはクルーズ船で。利用者が多いのに驚いた。のかも知れない、と勝手な想像を巡らした。通訳を交えての分かち合いの1時間は短かった。

ともあれ、分かち合いの時間になされた「韓国教会の今」についての話しは興味深かった。若者たちの教会離れに伴う教会の高齢化や神学校統廃合も視野に入れていると聞けば、1番頼りにしていたお隣さんが不具合になって寝込むことが多くなった時のように心細い感じだ。

「私は、出ていったことで事故に遭い、傷を負い、汚れた教会のほうが好きです」(福音の喜び#49)という使徒的勧告の引用には背中を押された感じがした。鹿児島教区にとって「出かけて行く教会」とはどんな教会になることなのか。社会運動か何かを思い起こす人は多いと思うが、むしろ、先ず何よりも身近な人々に関心を持ち、日々のいい関わりを築いていこうとすることではないのか。そうすれば、先ず、司祭や司教という他人に目が向くこともないのではないかと思った。

福音の喜びとラウダテ・シの2冊が社会運動の教科書になっているという韓国からの報告はなぜか微笑ましかった。同時に、になっていないのだが、福音の喜びは広く出回っているわけで、鹿児島の司横須賀。森の向こう側には13,000人の米軍家族が住んでいる。祭にしても信者にしても感想すら聞いたことがないという違いの大きさはショックに近い。

ショックと言えば、この写真は横須賀軍港。昨日の現地学習で、沖縄にしてもそうだが、2003年のイラク戦争にはここから5隻の空母が出動したしたことを知った。「日本は戦場とつながっています」という案内の人の言葉はショックだった。

羽田の国際線のレストランでの昼食後再会を誓って別れた。

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