WYDはボクにとって何だったのか(4)、滞在3日目のキエルチェから

おもてなし

麗しい聖歌隊の面々。主任司祭の誇らしい姿が印象的。お父さん。そうそう、中二日置いて思い出した。キエルチェ教区三日目の夕食は歓迎会の会場となった信者のレストラン。ホームステイ組は、毎日のようにポーランド料理を満喫したこと、しかしアルコール類は一滴も出なかったことなど話しながらレストランに向かった。例の食後に行くバイキングは前回と同じだったが料理そのものよりも個人的なもてなしが印象的だった。次々と運ばれる深いお皿一杯のスープ。日本人にとってはXLサイズ。それはいいとして、一通りそろったと思ったら、ウェイターがボクのお皿を取り下げた。「モシカシテ、司教サンには特製?」若者たちが憶測を始めた。しばらくして運ばれてきたのは、濃厚な野菜スープ。

主任司祭のおもてなし

日本語を駆使しての懸命の歓迎のポスター。みんなとどう違うのか見当もつかなかったが、思い当たることがあった。司祭館での朝食時にハムやソーセージを勧められたので、「果物だけでいい。ベジタリアンだから」。ベジタリアンは英語が話せなくても通じたらしい。メインのステーキもボクには鮭のコロモ和え?蛇足だが、かつては国際線では必ずベジタリアンメニューを注文していたが、最近はどうでもいいことになっていたので、こんな風に気を使ってもらうと困惑してしまう。もちろんありがたいのだが。先を急ごう。

主任司祭の心

言葉は通じなくても心は通じた!夕食から帰ると信徒会館で何やらお茶の用意があるとかで招かれた。明日が早いのでその日のうちにお別れをということらしかった。主任司祭が嬉しそうに見せたのは、日曜日のミサでプレゼントしたザビエル様の紬織の壁掛け。会館のホールの中央にしっかり掛けられてあった!早速何枚も記念撮影。黒っぽい図柄のため写真写りがよくなかったのは残念。しかし、鹿児島のザビエル様が遠いポーランドの小さな小教区で(鹿児島では最大)の信徒会館にかかっていることを思うと、こうして思い出すだけで感無量だ。先を急ごう。今日のうちにクラクフまで辿り着かなければ。

いとしのキエルチェ

鯉は泳いでいなかったがハスノハナが咲いていた7月26日(火)キエルチェ発8:00のはずだったが、かなり遅れた。日本庭園と思しき池があることにも気が付いて急ぎパチリ。二時間後の十時過ぎ善き牧舎小教区聖堂着。ここで、別ルートの若者たちと合流して結団式。同行司教五人からの激励のあいさつに続いてグループ分け。こうしていよいよ今夜6:00からの開会式ミサに臨むことに。

日本に近いポーランド

田舎の風景を一言で言え、こぎれい。さて、WYD前半の教区の日々の総括をしなければ。「WYDはボクにとって何だったのか?」前半の感想は一言で言えば、「ポーランドは日本に近い国」につきる。理由その①なんたって聖母の騎士のコルベ神父様。その②台湾に次いで親日的な国。その③日本に次いで安全な国。その④何よりもこぎれい。とくにその①②④は初!次回はクラクフでの生活。

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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