行くべきか行かざるべきかそれでも行った宮崎MEの分かち合いは斬新さすがME夫婦

笑ってない?

ミサ前の国分教会この神々しさ!

ミサ前の国分教会この神々しさ!

久しぶりの宮崎MEは4組の夫婦に1婦+1夫、1留学生(お茶)。分かち合いのテーマは「私たちが最近笑いあったのはいつ、どんなこと?それを思うとどんな感じか?」夫婦たちの笑いは、なるほど楽しいものだったが、ボクの場合、さすがに落ち込んだ。仲間の司祭たちや信者たちと楽しい話をしたことはあっても大笑いした記憶がないことに気がついたからだ。つい昨日だって、「頭痛いネ!」と苦笑したばかりだ。苦笑。苦味はあるが、笑えているぶん、深刻な顔になって頭を抱えて下を向くよりはマシかもしれないが。

笑顔も笑い?

宮崎ME帰りのしゃそうからの夕焼け

宮崎ME帰りのしゃそうからの夕焼け

それでも、思い出したのは4人の子供を連れた若い夫婦。「4人とも子供さん?」「そうです。」「へー、嬉しいね。みんなしっかり育ってね。」「ありがとうございます。」祝福を送ったつもりだった。「だから、あの時のボクは少なくとも笑顔だったと思う。」もう1つ分かちあったのは、MEアジア会議で中国の教会に行った時のことで、楽隊の出迎えを受けたこととミサ中の元気な聖歌のこと。暗いイメージの中国の教会がパッと明るいイメージに変わったという体験。その時も、ボクの顔は輝いていたと思う。笑顔にしても顔が輝くにしても笑いの一種だということにすれば、それはそれでいいのかもしれないが。どこか、イマイチ。ともあれ、そのことを思うと、これまで楽しくおしゃべりしていた仲間たちが用があるからと一人立ち2人立ちしてとうとう1人取り残されたようなやるせない感じ。こんな否定的な分かち合いは初めてだ。今後は、苦笑ではなく、前向きな?笑いに努めなければ。

若者の国際交流に期待

夕暮れの甲突河畔明日の始まり

夕暮れの甲突河畔明日の始まり

ここで冒頭の留学生について。韓国の大学3年生。高校の授業で日本語の基礎を学び大学で日本語コースを取ったらしい。「国同士はあんまり仲良くないのに」というと、日本語を勉強したい若者は多いのだという。なるほど、こうして若い時代に理解を深め合うことが大事なんだと、嬉しくなった。将来の若者たちに期待したい。*7日(土)に書いたまま。翌8日は9時半国分教会ミサ。帰館後、軽いお昼の後、1時のバスで空港。長い巡礼の始まり。それに、先週は2つの重たい会議で心身消耗大。政治家たちの元気さの秘密が知りたい。で、宮崎ドタキャンもチラッ。いつも「行ってよかった」というのがMEというのは分かってはいるのに。今回は、たとえ落ち込んでも喜びが大きかったことは言うまでもない。*以降はローマのホテル。時差7時間。

 

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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