タイの新年は日本のそれと違って、いわゆる正月らしい雰囲気はなかった

新年ムードなし

ワット神父さんも50バーツ献金

ワット神父さんも50バーツ献金

もちろん、門松が立つわけでもなく、暦が2019年に変わっただけ。もっとも、バンコクの空港では、2019年にようこそ!のポスターはあつたが、ここ東北の田舎では皆無。ただ、盛んに花火かバクチクのような音はしていたが、それも9時頃には止んだ。

ハツビ−ニューイヤー?

お寺はどこも美しく人で一杯

お寺はどこも美しく人で一杯

新年のミサを近くの村の教会で捧げた時も、ミサ後の挨拶での「ハツビ−ニューイヤー!」にも反応がなくて驚いた。まさか、意味不明のではあるまい。新年の改まった気分などないのかもしれない。ワット神父さんに聞いてみたら、都会では盛大に祝うらしい。しかし、「田舎ではなにもしない。」ここはイサーンと呼ばれ貧しさの代名詞みたいにみなされた時代もあつたというから新年を祝うなどのゆとりもなかったかもしれない。聖書の世界ではガリラヤがそうだったわけで、いとおしさみたいなのが増した。

田舎町でもハイテク

小ぶりでも充実の最新式ホテル

小ぶりでも充実の最新式ホテル

今日はすでに正月三が日最後の日。ここの人々にはそんな感慨もないに違いない。学校は始まっているし、仕事に行くので観光地もガラガラ。ともあれ、昨日はワット神父さんの甥で小さな小教区の主任司祭ロー神父さんの新車で200キロほどのドライブで疲れたが、ホテルの快適さで元気がもどつた。三つ星とは言えWi-Fiは快適そのもの。朝食のレストランは全て火を使わない、なんと言ったか最新式。それにしても、訪問先がお寺だけというのは少し淋しい。

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