看取る

宮崎大淀川先ずは、祝主の御昇天。

宮崎でのMEの分かち合いのテーマは看取る。チームカップルのプレゼンテーションはさすがに赤裸々で、涙を拭う参加者もいたり、永遠にきて惜しくない看取りの現実に直面した。

司祭にとっての看取りとは?考えたこともないテーマなのでなかなか筆が進まなかったが、司祭の高齢化が進む中で避けて通れない問題には違いない。とりあえず、現在シスターたちのホームでお世話になっている司祭のことが思われた。

彼の最後を看取るのはシスターたちということになるが、僕にできることは機会があるたびに足を伸ばして見舞うことぐらい。そして、今教区で何が起こっているのか思いつくことをできるだけたくさん、情報のシャワーをかけること。司祭として繋がっていてほしいからだ。

結論から言えば、僕にとっての看取りは、こうした関わりを持ち続けている今、すでに始まっていて、時間の問題となったとき、すぐに飛んで行って最後の看取りに備える。これまで、考えたこともなかったことだが、今日の分かち合いで、いよいよとなった時の気持ちの持ち方が示されたように思った。

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