麓から歩いて5時間の登山
バギオから車で下ること約2時間の小教区。25の共同体を擁する大きな小教区だ。今回はそのうちの一つ、山の向こうのそのまた向こうにある遙か彼方5時間向こうのカチャオワンという巡回教会に行った話。
聖ミカエルカパンガン教会の裏庭で。左から、ピーター君、アルビン君。主任司祭はレオン・ダピアオエン神父様で当時銀祝をお祝いしたばかり。猫を飼っておられて名前は何とボンジン。思わず笑ってしまった。
「日本語では全く同じ発音で”ただの人”という意味です」と説明したら、「だからお前はねずみをとらないのだね」と言われて一緒に笑ったことを忘れない。
巡回教会カチャワオン教会前で。右側の人は信徒代表。麓までは主任司祭がトヨタの大きなピックアップで、後はひたすら歩くのみ。バクンとは比較にならない急勾配がこれもかとつづく。「頂上はまだ?」「神父様、沢山の上りが私たちを頂上に導くのです。」英語なのに妙に納得した。「そうか、上りはもう一つの始まりなんだよね。」
その後は、平坦道で一息ついてまた上りにさしかかるたびに「もう一つの始まり!」が私たちの合い言葉になった。信徒代表との会話も楽しかった。信者は何人ですか?沢山います。50人ぐらい?もっと。じゃ100人?それよりした。
結局正確な数字は聞けなかった。毎年教勢調査があることからも分かるように正確な統計は日本人の特徴なのかもしれないと思うことだった。バギオの司教さまも同じ質問に「オー沢山」のひと言だったことが思い出された。ミサ参列は50人ほどだった。
青年が担いでいるのはバクンでもあったようにミサの奉納物。司祭の食料となるので持ち帰えることになっている。信者が運んでくれるのだが、どこまで担いでくれたか忘れた。担いだままで急な上りでもしゃべりながら行くのに驚いた。
帰りは別の道を通ったようにも思うが記憶が定かでない。途中、キュウリを栽培している人がいて、水代わりにもらった記憶がある。無断で麦の穂をつんだ弟子たちよりはましだねと冗談を言ったりして感謝しなが食べた。美味しかった。
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