少し大げさだが長年の夢がやっと実現した
「司祭は幼稚園の園長をすべきではない」と前任者に話したのは20年ほども前のことになろうか。自転車操業を強いられていた志布志時代のことになる。経営も大変な上にわずか6名の職員間にトラブルが絶えない。その心労たるや半端じゃなかった。手首の静脈が尺取り虫のように脈打ち、就寝時の心臓はベッドを揺るがすほどだった。
「ボクも人並みにストレスがたまるんだ」とのんきな思いに駆られながらも、クリニックで受けた24時間装着の心電図の結果は異常なしだったが、症状が治まるのはMEで志布志を離れる数日間だけだった。それに、毎月発行するミニ小教区報を疎遠になっている信者宅に届けるのが唯一の教会活動だった。ミサは別としても。
いずれにしても、司祭として活動するエネルギーが幼稚園活動でほぼ消耗されているとの実感は大なるものがあった。それでも、毎週のテニスや温泉通いは格好の気晴らしだったが。
その後、現場を離れることになった時、真っ先に手を付けたのが信徒の園長採用だった。そして、苦節20年、図らずも言い出しっぺの自分が最後の園長を4年も務めることになったわけで、そういう意味で、「ようやく念願かなった」ワケだ。久しぶりに味わう自由を満喫していることは言うまでもない。
引っ越して心機一転
と言っても、1階から2階に移動しただけだが。実は、パンデミックにより使用されなくなった1階の食堂兼集会室を独り占めにしていたのだ。しかし、マスク着用も個人の判断になり、ミサの聖歌も声出しが可能になったところで、ミサ後の集会のためにもソロソロ時が来たらしいとの判断から明け渡すことにしたワケだ。
10日ほど経っての感想だが、朝食をすましてコーヒー片手に2階に上がり、カーテンを開け、窓を背に広々とした執務室に身を置くと、旅先から帰ったような我が家の落ち着きを感じたのだ。なるほど、「ケジメをつけるのはいいものだ」という意味で「引っ越して心機一転」の境地なのだ。そして、
やっと司祭らしい時間が持てた!
そんな日々を楽しんでいた昨日のことだ。このところのルーティンは4時を過ぎたところでお御堂での晩の祈り。30分もたったころに2階に上がって風呂の準備。8分目ほどになるのにほぼ30分。その間、簡単な腹筋運動と自転車をこぎながらのBS鑑賞。というのがお決まりの流れ。そんな折、電話のベルに慌てて自転車を降りた。
相談電話だった。「カクカクしかじか」中断して風呂場に走った。そして再開。Ⅰ時間近く聞き話すことが出来た。幼稚園だとこうはいかない。慌てて廊下に出て声を落とし、「カクカクしかじか。すみません」と言い訳をしながら別の時間帯を指定することになる。しかし、昨日はだれに気兼ねすることもなく穏やかに対応できたのだ。
「やっと司祭らしい時間が持てた!」と満足したワケ。
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