平和はゴアから

ゴア空港にて - ゴアではローマンカラーはしないそうです。あん神父さんの情報に従ってカラーをはずした。意外だった。この人々の中にも多くのヒンドゥー教徒がいるのかもしれない。ゴア滞在2日目。御遺体崇敬後、「司教さん司教さん!」バスに向かって少し行ったところで呼び止められた。「さっきの新婚さんが祝福して欲しいそうです。」

振り向くと2人がはにかんだ笑顔で近づいてきた。「カトリックの信者さん?」「…」「お二人の宗教は?」「ヒンドゥ教です。」「へ〜そうですか!では、全能の神と…。おめでとう!」ME式のハグをした。2人が恭しく頭を下げて満足の感謝の意を表明したのは言うまでもない。

そういえば、夕方のミサの聖体拝領にも親子らしい5、6名が列の最後に並んだ。中学生らしい先頭の女の子が、何か口ごもりながら頭を下げた。ご聖体ををあげるとぎこちなさそうに舌で受けた。次の子も頭を下げるだけなので聞いた。「カトリックの信者さん?」怪訝な顔をしたのを最前列のシスターがすぐに見咎めるように確かめた。

ヒンドゥー教徒だと分かるとシスターが「ダメダメ!」その時ハッと解せた。「チョット待って。祝福を上げます。」シスターが帰りかけた親子を呼び戻した。そうなのだ。耳に残っている先頭の女の子の言葉の響きは、間違いなく「祝福を」(Blessing)だったと確信できたからだ。気がつくと、シスターもちゃっかり祝福の列に。

「平和はゴアから!」ホテルにもどり、ブログを書きながらふと湧いた思いだ。そして御遺体に向かう長い行列。あの中にも多くのヒンドゥー教徒がいたようでならない。「10年に一度の聖なる大イベントをみすみす見逃す手はない。聖者からの祝福を受けなければ!」600万とも言われる参拝者の中にそんなヒンドゥー教徒がいてもおかしくない。ヒンドゥー教がどんな宗教か知らないが、カトリックの神様に祝福をねがう麗しさは、もう平和の担い手。

ザビエル様の宣教活動の実りは、「諸宗教間の平和だったのではないか!」福音の使者は平和の使者。そうだとすれば、鹿児島の諸宗教懇和会はまさにザビエル様のご意志を継ぐものと言えないか。これは我田引水に過ぎるかも。

「わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである」(マルコ9,40)。主のみ言葉が響いた。

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