アジア会議の余韻に浸りながらの溝辺ヨセフ修道院での休養はクオリティータイム

約束の地を求めて

韓国のカラスかささぎ

韓国のカラスかささぎ

昨日の歌の続きはこうなっている。

一人一人のための“だれか”がいつもいてくれると人は言う そう、私の人生が尽きるまで世界中を探し回っても あなた以外誰も見つからない あなたが私の“だれか”だから永遠にそれは長~い旅 だから私のそばにいてほしい 嵐の中を行くとき私の手を取って導いてほしい

盗作ではないか、と疑いたくなるほど、原文とかけ離れたものになっているに違いない。前回もそうだが、あらゆるそしりを覚悟しながら敢えて公開することをお許しいただきたい。ここまで書いて、神学生時代、遠足のバスの中で先輩が、青筋を立てながら、当時はやっていた“骨まで愛して”という演歌を歌ったことが思い出された。彼にとって対象はもちろんイエス様ということだったが、日本の演歌はメロディーからして聖歌にはなりにくい。

典礼聖歌をメインディッシュだとしたら、上記のようなラブソングはさしずめサプリメント。英語圏の聖歌はこうしたサプリメントが豊かでうらやましいほど。アジア会議では、ミサのたびにお客様になってしまうのが悔しい。

 LOVEが目指すもの

名前が特定できないのが悔しい

名前が特定できないのが悔しい

誰かが幸運を恵んだとしても宝物としてはたいしたことない 次の日なくなったとしても気にも留めない でも、もしあなたの愛を失ったらどうしたらいいか分からない あなた以外のだれを探せばいいというのか

思わず、「ウーンなるほど」と頷いてしまうではないか。L=Listning 聞く O=Overlook 見渡す V=Voice 声E=Effort努力 アジア代表からだったか忘れたが、こんな言葉遊びみたいなことができるとは。それなりの意味があるのだが、ボクなりに単純に言い換えるとこうなる。よく聞いて、よく見てから話す努力が必要。走り出してから考えるボクとしては言える柄ではないが、”失われた調和の回復を目指して”をテーマに展開している黙想会としては、神の呼びかけをよく聞き、ありのままの自分をよく見ようとする孤独の祈りなしに人に相談しても調和は回復されない、と我田引水。早いもので、明日のミサでの誓願更新で終わり、夕方は奄美移動。ヤレヤレ。

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