奄美の熱き心
昨日2:00の大棚教会のミサは驚きだった。朽ち果てたような聖堂がリフォームされ、すっかりお御堂らしくなったのもさることながら、30名近い参加者で全ての椅子が埋まったからだった。
「明日はあなたの誕生日です。あなたのためにミサを捧げますから来てください。」家庭訪問で家族との記念写真を撮り一枚は自分のファイルに、もう一枚は家庭に残す。そして、誕生日には電話を入れてミサに誘う。叙階2年目、主任司祭歴1年のベトナム人駆け出し宣教師の拙い日本語を駆使してのそうした努力に、身を潜めていた信者たちがまさに打てば響くように答えた。
ボクには決して思いつくことのなかった宣教の仕方だ。お見事!「洗礼受けた人はたくさんいるんですが・・・。」数年前に聞かれた嘆きは今回聞かれなかった。クリスマス前に赦しの秘蹟にあずかり、何十年ぶりかに教会復帰を果たした人たちもすっかり溶け込み、嬉々として自己紹介する姿には帰るべきところに帰ることができた安心感のようなものが感じられた。ミサ後のパーティーはそんな皆さんの喜びがいっぱい詰まったような持ち寄りのごちそうで溢れた。
4:30頃大和浜教会へ移動。その前に戸円教会訪問。ここは信者5名。峠から見下ろすとほんのひとにぎりの集落。こういう所にも教会を立てた先人たちの心意気に感じた。今や遅しと5名の皆さんが迎えた大和浜教会は可愛いログハウス。ここでも手作りのおやつの歓迎。昔懐かしいハッタイ粉のお菓子はまるで洋菓子の風味。進化したものだ。海藻を煮詰めたヘルシー系も。4種ほどあったがみんな平らげた。島口(シマグチ奄美の方言)でのやりとりは楽しかった。
6:30からは小宿教会での歓迎会。ここも持ち寄りだが少しおしゃれにビュッフェ方式。俗に言うバイキング。教会のパーティーにしては斬新だ。信徒会館での二次会も楽しかったが、お酒を飲みながらの分かち合いには驚いた。兄の立場、弟の立場を巡って「あーでもないこーでもない。」なんと、翌朝のミサの福音(放蕩息子のたとえ話)が話題に上っていたのだ。つまり、予習?「(飲むと)大体いつもこんな感じなんです。」驚いているボクにニコニココメント。ネット宣教に団体さんで参加できそう。それにしても、飲んだら聖書の話とは!?「シラフでは気恥ずかしくてとてもできない」から?我がふるさとの人々は本来求道的?それとも素朴?
今朝8:00のミサは2年後宣教120周年を迎える知名瀬教会。89歳に91歳と高齢で元気。明るくて歌うのが好きな人たちだ。人呼んで「年金コーラス」。ミサ後の朝ごはんは豚汁付き。しっかりいただいた。どこの教会のご馳走も勝とも劣らない味よし。10:00の小宿のミサも楽しく話せた。
いろんな意味で手ごたえ十分、奄美の熱き心に触れた司牧訪問に満足。
※Facebookユーザーはコメント欄への書き込みもできますので、ご利用ください。
【お知らせ&お願い】 サーバーの制御で最新号が表示されないことが時々あります。
最新号でないかもと思われる場合は、それでもBlog!最新号の表示をクリックしてください。
ロケーションバーのURLの末尾に/(半角のスラッシュ)を挿入後クリックすることでも同様の効果があります。
- カテゴリ
-
できごと
- 固定リンク
- ¦
- コメント (2)
- ¦
- トラックバック (0)
- トラックバック用URL:
- http://sdemo.net/pken/Blog/59447f8e306e71b1304d5fc3/tbping
司教様の説教で元気が出た小宿小教区です。
説教の際紹介して頂いた本の名前をもう1度教えてください。
ありがとうございました。
元気が出たと聞けばこちらも元気が出ます。
紹介した本はアマゾンで調べたら今でも手に入るようです。
神の痛みの神学 (講談社学術文庫) (文庫)
北森 嘉蔵 (著
出品者からお求めいただけます。
中古品12点¥ 1,200より コレクター商品1点¥ 1,899より