幻の任命書
「私は逃げも隠れもしないから、見張りの人たちを楽にしてあげて欲しい。」「偽りを申すな!」穏やかな新井白石の思いがけない怒声にシドッチ神父は仰天した
「私は司祭だ!これまで嘘などついたことはない!」「では聞くが、あの時『寒かろう』と差し出された衣をなぜ受け取らなかった。人の気持ちを察してあげるのも優しさではないのか?」さすがにシドッチ神父は反論できず、素直に衣を受け取ったのだという。「魂と魂が出会ったとき」とは講師の弁。
ラテン語から日本語、日本語からラテン語というやり取りがやがて日本語でのやり取りに変わったのだという。マニラでの日本語学習は、日本各地から迫害を逃れて来た人々の末裔によるものだった。各地の方言が混在し、しかも2代目3代目にもなると現地語に吸収され、日本語とはいってもかなり怪しいいものだったと思われる。だから、屋久島上陸の際に「言葉が通じなかった」のは屋久島弁しか知らない村人たちには聞き取れなかったに違いない。しかもイタリア人のあの巻き舌発音とくれば想像に値する。
高校でたての頃、昔の西鹿児島駅で「時刻表を見せてください」が通じなかった記憶が蘇った。あの当時の国鉄職員は仏頂面で有名だったが怖い顔で何度も聞き返されたことを忘れない。しかし、言語学にも造詣の深い白石には各地の方言訛りとイタリア訛りのシドッチ神父の日本語を聞き分ける能力は並外れていた。
ともあれ、今日のミサの福音もまたシドッチ神父がらみで心に沁みた。種がまかれた土地とは自分自身のことではないのか。見張り人たちの苦労を思いやるところは実を結んだ良い土地だが白石の親切を思いやれなかったところは茨に覆われた土地?自分の中にもある三種類の土地。未開発の部分にもっと光を!
もっと衝撃的だったのはシドッチ神父への任命書の話だ。上京中のオランダ商館長が新井白石から聞いた耳寄りな話。「日本には幽閉中のシドッチ神父という宣教師がいる。しかも、大変優遇されて幸せにしている」という話がローマに届いた頃には尾ひれが付いて「日本の将軍にお礼の手紙を書こう。そして、ザビエルに告ぐ偉業を成し遂げたシドッチ神父を称えて『教皇庁代理大使』に任命しよう」とクメント11世教皇を歓喜させたという。
しかし、あろうことか、その頃江戸のキリシタン屋敷では一大事件勃発。シドッチ神父の世話係の長助・お春夫婦が洗礼を受けたことが発覚したのだ。三人は「禁を侵した」と地下牢に移され10ケ月後の1714年10月21日相次いで死去。しかも、よき理解者で力になってくれたはずの新井白石は失脚して無力というのも悔やまれるが、手紙と任命書はマニラまできたもののシドッチ神父の手に渡ることはなかった。
悲劇といえばそうだが、死を覚悟の日本渡来はシドッチ神父にとって獄死は本懐?「彼のローマ時代のことをもっと知りたい」思いが講師の先生ともどもハッピーアワーで盛り上がった。
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