指宿に憩う
28日半日黙想会。「自分史の中で主と出会う。」一年を締めくくるのにふさわしいものだったが、「自分の履歴を列挙してきなさい」という宿題が響いた。参加者は女性3に男性4。東京から来てくれた先輩司祭には少し気の毒だったが「その気で取り組んでくれる人が4,5名いたらいい」と意に介さない風だった。
・自分を変えたみ言葉、出来事、人は?という問いかけは「み言葉に触れ、み言葉を食べ、み言葉に生かされる」という鹿児島教区の二年越しの課題と通じるもの。神学校時代の一途さは今なお健在。それだけに「奇跡を呼ぶ人」でもある。本来一週間分のものを半日で紹介したのでいわば、目次を紹介してもらったようなもの。
ボクらが1976年、司祭、信徒、修道者で黙想会チームを作り小教区の季節の黙想会に二人ずつ派遣していたのとまったく同じような「黙想チーム」を彼も同じ頃結成し2003年まで活動したと知って驚いた。あの当時は第二バチカン公会議の精神を啓蒙するための運動が盛んで躍動感に満ちた時代でもあったことが改めて回顧された。今回の黙想会は大人の信仰の底上げのために系統だった筋道を提供するものであった。忘れかけていた信徒とのチームを再評価する機会ともなった。新たなチーム再開の予感。もっとも、集まった7人の侍たち次第ということになるとは思うが。
一方、夕方からは九州各地から集まったAYD(アジアンユースデー)参加者の忘年会と振り返り。講師の神父さんを壮年たちに任せて研修の家へ。一人一人が大会を通して受けた「新しいキリストの命は何か?」やわらかい感性持った若者たちが受け取ったメッセージも記憶の彼方に消えていくのは時間の問題。しかし、こうして丁寧に振り返ることで「あなた方が帰っていくところで博士たちを導いた星になってください」という派遣の言葉が実現していくに違いない。
3:00のミサ後、一足先に指宿入りした先輩司祭のもとへ移動。主任司祭を交えた三名での会食も黙想会の続きみたいで時を忘れた。しかし、このところの連日の宴会続きに疲れを感じていたので温泉後直ちに就寝。先輩司祭と司祭館で枕を並べたのははじめて。いつもは4:45分に起きるという彼はとっくに目が覚めていたらしく隣の動きを察するや「元日のミサの説教が決まった!」隣からの甲高い声に驚いた。で、布団の中で説教の構想を聞くことに。こんなのも初めて。
そんな彼を空港リムジンで送り出した後1:30過ぎ池田湖までの本番コース14kを走った。伴走車で帰館。前回よりはずっと体が軽かったが右足の違和感が少し。当日はもっとペースを落としたらなんとかいけそう。
今年最後となる今日31日8:09の菜の花号で帰鹿。ホームには旅行者らしい人々で溢れていたが乗ってみると余裕の座席確保。お陰で朝課とロザリオをゆっくりできた。9:30帰館。午後11:30の深夜ミサに備えるので大掃除は年越し。
この一年ブログを読んでくださった皆さんありがとう。主からの祝福と愛を祈りつつ、良いお年を。
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また、来年もよろしくお願いいたします。
菜の花マラソンがんばってください。お祈りしています。
午前0:00の元旦ミサで、郡山司教様のため、鹿児島教区のためお祈りいたます。では、感謝と祈りのうちに。