新しい始まりの予感
「鹿児島教区は諸宗教対話発祥の地」と言っているわりにはそれらしいことをやっていない。
去る3月初め、「諸宗教対話研修会」なるものに参加して大いに啓発されてハヤ半年余り。イヤ、やがて7ヶ月になろうとする今日午前11:00。研修会の実習先でもあった立正佼成会の鹿児島教会会長さんと秘書の方の来訪を受けた。一人ひとりの心田(しんでん)を耕す。頂いた名刺のモットーが心に残った。「人は見ていなくても神様は見ていらっしゃいます。」例の若者の体験談を披露したら、お二人が大変感動されたのに触発されて「各宗派がそれぞれの法被を着て、こういう語録集を天文館で配布しましょう」とつい思いつきの提案をした。
教皇パウロ6世との謁見をはじめ、近いところでは鹿児島でのフォコラーレの集いにも参加するなどカトリックとの親交が深い教会としても有名な立正佼成会。その積極的な姿勢にいつも感心していた。何よりも開祖庭野日敬(にっきょう)師が教皇との謁見をきっかけに創立された「世界宗教者平和会議」には今や100を超える国や地域から代表が集まり、世界平和実現に向けての牽引役を果たしている。そのほかさまざまな平和活動を展開している。
「それはいい!」と思ったら即行動。そんな印象の教会に興味を持ってはいた。また、去る3月の研修会で訪問した教会でも「仏性礼拝(ぶっしょうらいはい=一人一人に宿る仏様に合掌)」を生活信条としているとのことで、我々来客を合掌しての歓迎に感動したものだ。明るくて親切。「すべてを合掌・礼拝し、調和・共生を目指していきます」という現会長の宣言にも似た言葉がすべてを物語っている。
「行いが伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです」(ヤコボ2.17)。ふと、ヤコブの言葉が浮かんだ。しかし、「たんなるお題目になっていないところが違う!」と言えばカトリック教会の信者から顰蹙(ひんしゅく)を買うだろうか。実は、そういうところが、フォコラーレに近い信条であることは納得できる。
平和と聞いても人事みたいに感じて引きこもっていたボクの手をとって「さあ、一緒に行きましょう!」と引っ張り出してもらったような感じがしたのは本当だ。やっと「諸宗教対話発祥の地」から「諸宗教対話実践の地」へ脱皮できそう?少なくともボクにとっては開眼の日だった。
今日は聖ミカエル・聖ガブリエル・聖ラファエル大天使の祝日。つまり、ガブリエル・ティエン神父さんの祝い日でもある。シャンパンとワインで乾杯。二次会なし。
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ついでにお祈り頂ければ幸いです。
そうでした、そうでした!
大変失礼しました。
毎日祈っていますので
乾杯のとき失念したこと勘弁してください。
みんなにも伝えます。