遠くて近い人
今日は教区司祭の保護の聖人聖ヨハネ・マリア・ビアンネの祝日。
6月19日、教皇はパウロ年終了前に司祭年を宣言。たまたま聖ビアンネ没後150年ということもあるとは思うが、「司祭が問題」だとの認識の表明だったのでは?司祭の問題は問題になりにくいだけにモンダイ。セクハラ問題は例外?としてもパワハラは日常的?
というか、「信者が司祭に服従」の構図は健在。したがって、司祭が問題というよりも教会の長年にわたる位階制の弊害にみんなが巻き込まれているという問題が問題といえるかもしれない。位階制は必然のものだとしてもその中に身を置く司祭のありようは問題にしていい。司祭年が問題にしたのはそこら辺りではないのか。つまり、司祭が司祭でナンボノモンヤ。そのことを信者に言わせてはいけない。司祭自身が常に自分に問いかけるべきだと思うのだが、それがなされていない印象を受けるのはなぜか。
信徒から耳にする司祭の問題。これこそが問題。司祭が問題にする信者の問題もある。しかしそれは想定内。うまく言えないが、信者が司祭を理解するように努力を強いられる現実。欠点の多い人間だから仕方がないといえばそうだが、ま、結論を言えば聖ビアンネのあの熱意と謙虚さが足りないといえるかもしれない。(と、ここで電話。)なんと「司祭に話を聞いてもらえない。」やっぱり司祭が問題!司祭年の今年、信者がもっとハッピーになる司祭を目指さなければ。
フランス革命の渦中で教会閉鎖を余儀なくされ、それでもビアンネは家庭で、あるいは羊の番をしながら野原で祈り続けた。村の主任司祭は迫害に屈し、司祭たちを公務員として遇するという革命政府から出されたすべての誓約書にサイン。ビアンネも同意。信仰もままならない中で革命政府に忠誠を誓わなかった司祭やシスターから教話を受けて軌道修正。やっと15歳で初聖体。
窓際に干草を積んだ車を置いて共和国のスパイの目を逃れながら家庭の一室でミサが捧げられたという。そして世俗主義を推し進めようとするイデオロギーの勃興。そんな激動の中での召命。司祭叙階はナポレオン敗北後の1815年、29歳のとき。73歳までの44年間、ひたすら信者の回心に奉仕した。今年は司祭の回心に信者が奉仕する年?
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聖職者や修道者方に実行が難しいことで世俗ができることはしたいと思っています。(例えば、海外の巡礼や雑務など)
逆に私たちがいくら祈っても祈り足りないことは、神父さまや修道者方のお祈りのお力添えをいただけたらとてもうれしいです。
ところで、冒頭ですが聖ヨセフ・マリア~ではなく聖ヨハネ・マリア・ビアンネだと思います。
ご指摘ありがとうございました。
大変失礼しました。