盆栽と出会った

背景を遮るほどの巨木の風格。「盆栽みたい」と言えば、「整いすぎてかえって不自然」という意味合いになると思われる。なかなか整った生き方が苦手で、好きなように生きたい自分としては、盆栽を美の対象とみなしたことはなかったように思う。そんな自分が二鉢の盆栽を頂いた。五葉松と奄美のテンバイ。

実は、4月から仲間に加わった園長先生は盆栽の専門家。5月の理事会後に盆栽が話題に上った。屋上で放ったらかしになっているガジュマルの鉢植えのことを話した。グングン伸びるし、毛根はしっかりしてくるし、どうしたものかともてあましているところでもあったので、これ幸いとばかりに持っていってもらったという経緯がある。

しかし、屋上の鉢物の植物は、冬に弱いコーヒーやドラゴンフルーツは別として、ほぼ全て聖書の植物の庭に間借り生活。観賞用のシンビジュームでさえも素晴らしい花を咲かせた。「植物はやっぱり土に」という思いを強くしていただけに、少し戸惑った。

ともあれ、「室内に置くのは1日だけにしてあとは雨ざらし日ざらし。水は毎日。」思いがけないご指示に、デリケートな盆栽のイメージが壊れた。そして、改めて眺めてみた。「名札のある方が正面です。」あわてて、鉢を回して正面から鑑賞のやり直し。思わず、「なーるほど!」小さな鉢の五葉松が巨木の風格をみなぎらせているのに驚いたからだ。また、小さな葉を茂らせたテンバイはよく見ると細い枝が林立しまるで密林。

天梅テンバイという命名の由来を知りたちと思う。早速、雨ざらし、日ざらしにしようと屋上に上げて写真に収めた。更に驚いたのは五葉松。背景のビルに怖気づくこともなく威風堂々、巨木然として見事。さすがにテンバイは、応接間のソファーが似合った。いずれも20年以上の風雪に耐えただけはある。こんな芸術品は先ず小聖堂のマリア様に、と思うのだが、「室内は1日だけ」となれば、出し入れが面倒。

それはともかくとして、それにしても、20数年も手塩にかけた芸術品を惜しげもなくボクに、しかも二鉢も!枯らしたらどうしよう。ともあれ、猫に小判でないことを実証しなければ。

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