469回目となるザビエル様鹿児島上陸記念日、いや宣教開始記念日は日本の慶事

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考えてみると…

来年は小教区の幟が林立する?

来年は小教区の幟が林立する?

考えてみると、鹿児島にザビエル様が上陸されたということは、単なる歴史上のこととしてよりも、教会の人間としては、日本が福音の光のもとに新しい歴史の一歩を踏み出したという、いわば、真の意味での日本新生の始まりということになる。もちろん、教会の始まりということにもなるのだが。8月15日の終戦記念日ということを考えるなら、「カトリック平和運動の日本における開始の記念」(故糸永司教)ということになる。いずれにしても、日本の教会として盛大に祝う価値のあることだ。そういう意味で、「全国の教会を代表して『キリスト教伝来』を行動で記念するのです」(同上)ということになる。ちなみに、15日は聖母の被昇天と重なるので、8月11日に固定することになった。

目玉を作る

適当な写真がなかったものですから

適当な写真がなかったものですから

そうは言っても、やはり、始まりの地としては鹿児島教区が音頭をとって、先ず鹿児島が盛り上がらなければならないことは言うまでもない。ところで、ミサの中でも話したことだが、来年は、ザビエル様を迎えて470年、日本全国から多くの巡礼者を迎えて記念した、いわゆる「450ヨンゴマル」から20年となる。一年かけて準備に当たる価値がある。450の目玉はカテドラル献堂と「ザビエル様の右腕」があった。目玉は作ればいいと思う。先ず、前にも書いたように、教区が盛り上がること。そのためには、各小教区から幟を押し立ててザビエルに集い、庭中をを幟で埋め尽くす。そして、幟ごと聖堂に上がり祭壇の後ろに立てる。ミサの後は幟を立てて祇園の洲まで移動する。そこで、聖体賛美式をして盛大なパーティーで締めくくる。思い付きなので現実味がないかもしれないが、他のものに頼ることなく、自ら”目玉を作る”のがいい。

東京からも

ともあれ、ボクにとっては最後となるザビエル祭だったが、特別の感慨もわかなかったのは本気度のなさ?若い頃の聖地巡礼で案内役をしてくれた旅行会社の社長さんに声をかけられてびっくりした。「今年も巡礼に来ました。来年も来ます」と。しかも、参加者は、後期高齢の皆さんだということで数名の方を紹介された。「86才です」、「90才です」背筋ピンの皆さんがまぶしかった。あ、これって、ザビエル祭が全国展開する兆しかも。日本の中心東京からの参加者はみんなに紹介する価値があったのに残念だった。来年こそは!

ミサ説教動画

お詫びと訂正:説教の冒頭「ザビエル様も三回の大きな旅をされた」とあるのは聖パウロの間違いです。

【2018年】ザビエル上陸記念ミサにおける郡山司教の説教

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