またまた台湾

上空からの珊瑚タンダム。ウキペディア「烏山頭」の項から拝借しました。16,38,221,50。スペイン、オランダ、清国、そして日本が台湾を統治した年数。モノの本によると、日本が統治するまでの275年間、台湾に関する資料は皆無に等しいという。それに、台湾を統治したといっても台湾全土に及んだ例はなく、したがって、台湾の原住民族や森林に関する調査も全くなされていなかったという。“日本人に知ってほしい「台湾の歴史」“(古川勝三著創風社)に詳しい。

個人的には、スペインやオランダが台湾を統治したということすら知らなかった。オランダに関して言えば、地元の人々に字を教えることもしなかったという、自国にとって益とならないと判断したからだという。

1895年、日本が始めたのは台湾の近代化と開発だった。そして原住民族に対する調査研究の成果は三千数百冊にも及んだという。原住民を高砂族と呼ぶようになったのは統治から7年後の1922年。25年後の1930年の識字率が60%にも達したと聞くとオランダとの差を思わざるを得ない。

しかし、同年10月には、運動会に集まった日本人百数十人が襲撃されるという霧社事件が起こり、日本の統治が現地の人々にとって必ずしも理想的められたのではないことが分かる。たとえそういうことがあったとしても、日本は台湾の近代化に惜しみない努力を続けた。教育に力を入れ、台北帝大(昭和3年)は大阪帝大よりも先にできたし、1930年、10年の歳月を費やしてできた烏山頭(うざんとう)ダムは当時としては世界最大。香川県に匹敵する広大な不毛の地を穀倉地帯にかえた。

1899年に始まった鉄道整備は敗戦前には全島に張り巡らされ、台北―高雄を結ぶ新幹線も記台湾の特急は日本より静かで快適。憶に新しい。新幹線は、先月台湾巡礼の際に乗車したが、次回はあのダムを見て、1914年に開通した2250mの標高差を上る72.7kmの嘉義‐阿里山線に乗ってみたい。頂上には、真珠湾攻撃の暗号「ニイタカヤマノボレ」の新高山がある。台湾名は玉山で3952m。

こうした称賛の対象だけでなくさまざまな悲劇で織りなされた日本統治下の台湾の歴史は複雑だが、何故か旅情を誘われる。母が若いころ半年も過ごしたからという感傷だけではなさそう。

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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