シスター泣かせ

シスター泣かせの祭壇昨夜のYOUCATは少数だったがそれでも聞く側の熱意に変わりはなく手応え十分。閉会後、主任司祭から「一杯!」の招待を受け、プサンの甘い焼酎で11時までの分かち合い。司祭との語らいが一番。

明けての今朝は、8時過ぎお御堂で説教の最終チェック。韓国ミッションが25年にも及んだという高齢のシスターがミサの準備にこられた。少し猫背で小柄なシスターの動きはどこか愛らしい。広すぎる感じの祭壇布は祭壇をスッポリ覆うようにかけてあるので、そのとり外しは一苦労のようだったが淡々とこなしておられた。

先ず、片方の手前端をとって祭壇中央まで持っていくと反対に回ってもう一方の端を中央に持っていって半分を畳み、残りも同じ要領でたたみ、合計3回で完成。残り半分も同じような要領なので合計6回もかかってやっと終わった。他人事ながらホッとしたと思っ78-79年の5年務めた種子島教会。たら、まだお仕事が残っていた。折り畳まれた布はかなりぶ厚くなっていて最後に両方を重ねる時も一度にというわけにはいかなかった。

手前の端をとってヨイショと重ねても向こう半分がねじれたまま。シスターはこれも想定内とばかりに静かに反対側に回ってゆっくり丁寧にたくし上げた。これで両方から畳まれてきた布が合体した。しかし、作業はまだ続いた。祭壇を2つに断つように畳まれた分厚い帯状の布を、シスターは更に4等分するように折り畳み、一抱えもありそうな布の束を祭壇の端に置いた。

そして、丁寧にシワを伸ばして微調整。こうしてやっとお仕事が終了し、両手に押し抱くようにして所定の場所に運んだ。その間たっぷり5分。次は、祭壇上にスタンドを置き、コードのひねりを直し、ストーブに点火して、最後に祭壇にローソクを置いてミサの準備完了。黙々とこなすシスターの静かな動きに無駄はなく、大袈裟に過ぎるかもしれないが、何か尊いことに立会ったような厳粛な気持ちに駆られた。人知れず毎日繰り返される小さな奉仕に人知れず大きな拍手を送った。

ミサ後、新年会。主任司祭は中座して屋久島のミサへ。教会から船着き場までは徒歩。教会を出て数十メートル行ったところで右折するとかつて良く通った細い近道を歩いてみたかったからだ。セメントの舗装がなされ、手すりもついていた。懐かしかった。ものの20分ほどで着いた。

ちょうど5時に帰館。

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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