44回目となる卒園式ははからずも32年前の駆け出し園長の昔話になった

32年前のこと

26名の子供たちを送り出した吉野幼稚園。隆盛を極めた30年前とは比較にならないが、それでも新入園児は30名を超えそうだという。正直嬉しい。隆盛を極めたといったが、当時のボクは幼稚園業務は全くの素人。ベテランのシスターに任せて教会一筋。しかし、翌年の春、そんな状況が一変した。それというのも、赴任当初170名近い子供たちでにぎわっていた名門?幼稚園もふたを開けてみたら130名台に激減したからだ。さすがに青くなった。

奮闘努力の甲斐もなく

それではと、幼稚園運営に身を乗り出すことに。実際に関わってみて驚いた。先ず、園長室はおろか、職員室は狭く先生たちのテーブルでいっぱい。園長用の椅子が割り込む余地などない。それではというので事務室を増築して印刷機その他を移動することで職員室に自分の居場所を確保した。これが最初のオオ仕事。さらに、父の日や母の日の講演会に外部講師を招くことをやめ、自分がすることで経費節減。また、園長自ら家庭訪問をして父親へのモンテッソーリ教育の啓蒙に尽力、と言いたいところだが、これは不人気で一年で止めた。「下の子はほかの幼稚園にやるらしい」と聞くと電話を入れて母親を説得し子供確保にスゴ腕の営業マンみたいなことも。先生たちとの相談ナシに通園バス導入を決めて職員会議が大紛糾。寅さんではないが、そんな奮闘努力の甲斐もなく、右肩下がりの非常事態に涙する日々が続いたものだ。しかし、子供たちに癒された思い出の8年間でもあった。そんな思い出に満ちた幼稚園の卒園式。

母親の風格

忘れられない思い出の一つを紹介した。「ボクはここの幼稚園で8年間園長先生でした。外遊びでみんなと遊ぶのが好きでした。ある日、園長先生の両足に男の子たちが何人も抱きついてきたので歩けなくなって倒れてしまいました。その様子を見たほかの男の子たちが何人も園長先生の上に飛び乗ってきたのです。苦しくなったので「助けてくれー助けてくれー」と叫びました。すると年長さんの女の子たちが駆け付けてくれました。そして、両手を腰に当てて、まるでお母さんみたいに大きな声で男の子たちをしかったのです。『やめなさい!園長先生かわいそうでしょっ!』すると、男の子たちはボクを起こしてくれたのです。叱った女の子たちも、すぐに園長先生を起こした男の子たちも、心が多きくなっていると思いました。小学校に行っても…」子供たちが笑いながら聞いてくれた。

初任地はいいね

こうして一時間余りの最後は「さよなら」の歌。「たくさんのまいにちをここですごしてきたね…さよならぼくたちのようちえん、ぼくたちのあそんだにわ、このつぎあそびにくるころはランドセルのいちねんせい…」初めは一緒に口ずさんでいたのだが、何度も繰り返すうちに感極まってしまった。そういえば、当時のサッちゃんと同じ顔の男の子が長男と聞いて思わず笑ってしまった。別れしな「やっぱり帰って来たね」と言ったら、堂々のお父さんになったサッちゃんが、「ハイ」と言って笑った。初任地はやっぱりいいね。明日、明後日と卒園式が続くがどんなふうに展開するのか。

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☆神に仕える身でありながら、カミガミ(紙々)の要らない世界を標榜する人間の一人として、電子メディアに自分の思いを綴ることは大きな喜びです☆本を書かない代わりにここでいろんなことを書いてみたい。

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