終礼後、ふといつものコースを歩くことに。5時過ぎ、野鳥用の300mmを担いで日も落ち、夕暮れ迫る残照の町へ出た。裏の道を真っ直ぐに進み、車道の向こうの通りへ行くには左右どちらかの横断歩道に向かうのが常道。しかし、たいてい、そのまま立ち止まって車が途切れるのを待つ。右が途切れ、左もあの軽一台で途切れる、と分った時点でで、「右オーライ、左車」と、指さしならぬ目視確認をしながらゆっくり動き出した。すると、「あ、危ない、あの老人!」と思ったのかどうか、はるか?向こうで軽が止まった。思わずこちらも、「ドウモドウモ…」右手を軽く上げながらオジサン挨拶を送って小走りで渡った。あ、こんなこと書いてよかったかな。もっとも、小学生や幼稚園の子供がいたらこんなイハンはしないと断りを入れよう。
町でよく目にすることだが、昨日も見かけたのだが、こちらは一方通行で右からの車無し。信号は赤。それでも、青になるのを待つ人がいる。ボクにはワカラン。そういえば、いつかイハンして渡った先で待っていたオバサンが独り言のようにつぶやいた。「信号は赤です」。律義な人だと感心しながらも何となくハンパツしたが、いずれにしろ、人を不快にするのはよくないとハンセイした。日本人は砂漠の中に信号があっても守る。誰かに聞いたような、何かで読んだような。
あ、そうそう、気まぐれウォーキングに話を戻そう。目的は、甲突川を餌場とするサギたち。時間が時間だけに30分歩いても一羽もいない。「しょうがないか」と秋を取材することに目的変更したその時、まるでボクの心を読んだかのように一羽のアオサギが悠然と目の前の水道用鉄橋に舞い降りた。何という心遣い。翼を広げて飛び立つ姿は見応えがあるので焦点を合わせて左手を大きく振ったが反応なし。昼間だと人見知りがひどく、ちょっとした動きにも過敏に反応するのに。夕暮れ時なので視力の感度が落ちたからに違いなかった。鳥目とはよく言ったものだ。雄姿は逃したが、それでもエレガントな立像はゲットできたのでよしとしよう。それに、秋のテーマ、小さな紅葉と澄んだ夕焼けの空もものにできたので満足。
実は、昨日のウォーキングにはもう一つの目的があった。痛めていた膝も長期出張による静養の効でトレーニングは再開できたものの固い陸上での走りには自信がなかった。幸い、1時間半もの速歩にも全く違和感がなかったのでホッ。それに、こんなたわいもないことを書くゆとりもできたので、心身共に十分な休養が取れた証拠。
それにしても、先月一週間もいたフィラデルフィアからの予期しない訪問者には驚いた。
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