とりなしの祈り会
突然だが、我らが国際的ネットワークを持つ祈りのグループのための指導書が英文で出され、岡山の仲間が翻訳、ボクがケチをつける役で昨日は一日中最後の追い込みで忙殺された。日本での正式名称は「カトリック・カリスマ宣教とりなし者 燃える柴共同体」という長い名前で、司教専用チャペルで午後、2時間ほどの祈りを欠かさない。個人的には、あのノリについていけないので、見守るだけだが、祈りの援軍はありがたい。
ゼロの話
それはともかくとして、翻訳の話。ケチをつける側として困惑したのは“to zero in”の訳。ゼロにする、つまり終わりにする。ではなくて、to focus on。焦点を絞るという意味だという。翻訳担当は、ちゃんとそのように訳してあったのだが、初めて目にする言い回しなので、ゼロにこだわったワケ。謙虚な彼は、ボクの願いに応えて著者に聞いてくれたという。そんなこんなで、四苦八苦の挙句、ケチ付作業も済みこれで印刷に回す手はずが整ったわけで一段落。それにしても、ゼロがどうして焦点とつながるのか。絞りに絞って一つにするとは言うのだから、to one なら許せるのだが。絞りに絞ってゼロにするなら全部ナシになるではないか。そのワケを聞いてみたい。
たそがれウ
お蔭で、昨日は、今年最初のお絵描き教室を欠席。で、きょう午前中、部屋で自習。昨年11月の日韓交流でインチョン教区に行ったときのオプションツアーで北朝鮮が目の前に見える展望所に向かう途中の車窓から見た田舎の風景が印象的だったので描いてみたのだが。「絵になっていません」とのお言葉が飛んできそう。もう一枚は、スリランカで撮った木陰にたたずむカワウ。孤高を楽しむかのような風情は絵にはならないかもしれないが、なんとなくたそがれた感じで、味があって気に入っている。一応描いてみたがこれも酷評覚悟。
スズメ目ヒタキ科
ところで、スリランカの野鳥で名前が判明したものがいくつかあるので紹介したい。いずれも、スズメ目ヒタキ科に分類されている親類野鳥たち。しっぽを立てて威嚇しているように見えるのがインドヒタキ。コマドリの一種。地面に降り立って緊張した面持ちで辺りをうかがうのがツグミ。雀を丸くしたような体形で電線に止まっているのがチャムネサメビタキ。判明と自信ありげに書いたが、野鳥の識別は、季節によって羽の色が変わったりするので図鑑に当たっても難しい。今回も当たらずとも遠からずと怪しいのだが。
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